2018年3月31日土曜日

第58回『神との対話』に魅せられて



第58回

最近、『神との対話』を読んでいて、とても気になる言葉がある。


「自分が優れているという考え方を捨てなければならないが、
その考え方が人間がもっとも魅力的だと思う考え方だからね。
人類全体が、その考え方に魅せられている。
おかげで同じ人間の集団を皆殺しにすることも、

地上の他の知覚ある存在を虐殺する事も正当化できるのだから。
このたったひとつの思考、自分たちが優れているという考え方が、

人類が引き起こすあらゆる惨事、
あらゆる苦しみあらゆる残虐さ、
あらゆる非人道的な行為の原因になってきた。」
と書かれてある。

耳の痛い話だ。

それぞれが、自分の国が正しい、優れた民族だ。

真の平和を打ち立てるのだ、
自分達正義を実現するのだと言って
爆弾を落とし正当化している。

それぞれの民族は
それぞれ固有の美しさを持っているのに。

個人的にも、
どうしてそんな事がわからないんだと言って自分の優越性を主張する。

僕自身のことを考えてみると、
演出、演技の才能を認められ、
3日前に最終試験に招待されて前代未聞 一発でメンバーになった。

アル ・パチノーノやポール ・ニューマンに演出を申し込まれ、
ストラスバーグには、ゼンはスターになると言われた。

それらの誘いを避けて、教師になるために、
10年以上、ストラスバーグのスケジュールに合わせて、
  毎年、6ヶ月間スタジオに、彼の個人のクラスに日本から通い続けた。

これらの思いが脳裏のどこかに住み着いていて、
自分では否定するが、自分自身の優越性を感じているのだと思う。

最近思うのだが、
人間一人一人、
天からそれぞれ素晴らしい資質を与えられている。

その、素晴らしさを体験する為にこの世に生まれて来たと言われる。

教師をしていると、
教えるという仕事のために、
自分は知っている、あなたは知らないと、
無意識のうちに自分の優越性を感じているのだと思う。

この観点から自分を振り返ってみると
現在の自分があまりにも未熟に感じられる。

教師の仕事は、
生徒一人一人が自分の持っている素晴らしさに気づき与え、
それを体験させることに本人を駆り立てることだと思う。

パラリンピックを観ると、
片足、片腕を失った人が喜びあふれて競技に参加している。

それにひきかえ
五体満足の健常者が不平不満を口にする。

ぼく自身、
教師として生徒の欠点でなく、一人一人の素晴らしさに気づき、
その気づきを生徒に伝え、共に努力して成長の喜びを体験したいと願っている。

それが、教師の使命であり、喜びであると思っている。

人の成長を喜べれば、
自分が成長したことになる。

もう一段教師として、
人間として
成長したいと
願っている。


ZEN

「成長は神の存在の証」
と『神との対話』のどこかに書いてあった。

2018年3月25日日曜日

ザ・アクターズスタジオと恩師リー・ストラスバーグの思い出


~第12話~

(前回より続く)
 

バーバラとたった二人のリハーサルに
エリア ・カザンが顔を出した。

彼は、
ザ・アクターズ・スタジオの創設者の一人で、
『波止場』『エデンの東』の作品で、
マーロン・ブランド
ジェームス ・ディーンを輩出した
アメリカNO、1の演出家
と云われた。

当日の夜は、
ニューヨークは雪が深く積もって、
彼は自宅から
1時間半かけてやってきたと云う。

約20分位の場面で、
我々の演技を彼に披露したが、
リアリティーも何もあったもんではない。

ひどい演技。

あまりにもひどい演技だったので、
無感覚。

彼がなんて言おうが気にも止めなかった。

彼は、2,3回指先で拍手してから言った。

「自分は教師でないので、コメントは控えさせて貰う」
と。

そして、彼は消えた。

翌日、
『葵の上』をメンバーに見せる事になった。

僕に大きな発見があった。

カザンのお陰だ。

彼に最低の、最悪の演技を見せたお陰だ。

とことん追い詰められて、
自分の演技に
何が足りないか
気付かされた。

それは強烈な感情だ。

それは病の妻を気遣う
いたたまれない感情だ。

「感情の事はまかしておけ!
スタジオの誰にも負けない強い感情を持っている。
ストラスバーグのお墨付きだ。
時々、命が危ないと想うほどの感情だ。」

シーンは
僕の強烈な感情と共に
スタートした。

不安と心配で、
胸が張り裂けそうな感情を抑えて
病院に駆けつける。

舞台の一点で、
マイムでジェスチャーで、
森の中を駆けつける動作の中に、
焦燥感を、寒さを、
刻々と迫る暗さを
表現していった。

ストラスバーグに教わった
五感の記憶、
マイケル・チェーホフの
心理身体訓練、

そして、
ダンスで鍛えた肉体を
フルに使って
この物語を表現した。

想像上の巨大なドアーを押し開け、
妻のベットに駆けつける。

実際にベッドがあるだけだが、
右手で彫刻家のように
足の方から妻の体を撫でるようにして
形づくり最後に抱きしめる。

一息ついて
タバコを吸うシーンがあるが、
煙までを
手のひらの動きで
表現した。

この僕の一連の動きが
バーバラを刺激し、
長い独白を
綿々とメンバーに
訴えかけた。

僕は
その独白の内容に従って、
怒りを、
悲しみを、
挫折感を、
愛を
自分の人生体験から
引き出して
嵐のように
荒れ狂い表現を
全うした。

僕らは
芸術をやりたかったんだ。

二人とも
ひたすら
魂の表現に打ち込んだ。

人の評価など
一切気にならなかった。

その日のインストラクターは、
多分エレン ・バースティンだった
と思うが、
立ち上がって、
「これが芸術だ!」
と言ったのを記憶している。

そのあと
近くのレストランに行ったが、
バーバラは、
嬉しくて、嬉しくて
子供のようにはしゃいで、
まるで宙を舞ってるようだった。

今、
この中年の小肥りの黒人
バーバラの
満面の喜びを思い出して、
涙を禁じ得ない。

ZEN

2018年3月24日土曜日

若き俳優達へ



アクターズ・スタジオの目的は、
演技に関する個々の俳優の悩みを解決しようとの目的で設立された。

実際にほとんどの演出家は、
俳優の演技を指導できない。

俳優が一流になれば、成る程演技に関して
自分自身で解決困難な微妙な問題を抱えて苦しむ。

これらの俳優達の問題を解決するために立ち上がったのが、
アクターズ・スタジオである。

当時、現役の優秀な俳優達を招待する一方、
才能豊かな人材を求めてオーディションを行なった。

オーディションは、当時、三次試験まであって、
最終試験は年間に一回、
合格者は1000人以上に一人か、二人。

メンバーになった俳優は
自分の抱える未解決の問題を持ち込んで解決に当たる。

授業は週に2回,
1回2時間、
1人1時間割り当てられる。

メンバーになれば、
完全無料、
毎週出席してもいいし、
10年に一度顔を出してもいい。

僕は、ラッキーなことに天才教師ストラスバーグに
10数年間にわたり教えを受ける事が出来た。

ストラスバーグは
半年間はニューヨーク、
半年間はハリウッドで
教えていたが、
僕はニューヨークのクラスに一度も欠席した事がない。

メンバーは、
自分の出来ることを見せるのでなく、
自分のできないこと見せるところだ。

ストラスバーグは言った。

「この俳優の問題を、
今日解決出来るかもしれないし、
五年後に解決するかもしれない。
しかし、必ず解決してみせる。」
と。

アル・パチーノやデ・ニーロも4,5回は落ちているはずだ。

ハーヴェイ・カイテルはメンバーになるのに10年掛けた。

ほとんどの俳優達は一回落ちると辞めてしまうのに。

ストラスバーグは言っていた。

「彼達は毎回受けるたびに成長していった。」
と。

上記の俳優達と同年輩なので良く知っているが、
才能も確かだが、努力が素晴らしい。

アルは、朝5時にに起きて訓練をしていたし、
デ・ニーロは役のために実際にタクシードライバーをやったり、
一つの映画で20キロも体重を減らしたり増やしたりしている。

このレベルの俳優になるには、どうしても、必要な事がある。

才能と努力だ。

どの世界でも共通のことだと思うが、
「努力があっても才能が無ければ役に立たないし、
才能があっても努力がなければ、役に立たない。」
ストラスバーグは言っている。

こう書いてくると
誰もがトップに成らなければいけないように聞こえるかもしれないが、
全くそんなことはない。

演じる事が好きで観客の前で自分を表現し、
みんなに喜びや感動を与えられたら素晴らしい人生だと思う。

自分に喜びを与えたかったら人々を喜ばせることだ。

志を同じくする人が集まって、グループ活動や劇団を作りあげるのも素晴らしい。

但し、有名になるために俳優になろうとするのなら辞めたほうがいい。

抜群の容姿と観客を引きつける魅力が必要だ。

又は、強烈な個性とそれを放射し続けるパワーが必要だ。

その他、人間的な暖かみ、優しさ、その他、想像の世界に入り浸ってしまう能力が必要だ。

あなたを有名にするのは、あなたではない。

観客だ。

又、ストラスバーグは、言っている。

「人間の心を開くこの俳優訓練法は、
むしろ一般の人たちにこそ役立てていくべきものではないだろうか」
と。

僕のワイフ・ミユキは、
30年掛けて習得した技術は
ヒラノ・ミユキ著 『感情の解放 』 角川文庫に書かれてある。

今、この3年間毎朝5時に起きて研究を続け、
未来を担う一般社会の幹部候補生の指導に当たっている。

このような実績を見て、ミユキに演技力が無いと思うかもしれない。

しかし、今、日本に、ミユキの演技力を上回る俳優は一人もいない。

もし、あなたが異議をとなえるなら、あなたの得意な台本を持ち込んで彼女に挑戦するといい。

公共の場で、同じ役を、いつでも演じて見せる用意がある。

ZEN

ストラスバーグ曰く、
「我々は、演技の本流を泳ぐ。」

河口湖コミュニティ・ベスト3

河口湖コミュニティ
卒業生
リエ

コミュニティに入って良かったことベスト3

「ゼン先生が選んだ映画、ドキュメンタリーしか観れない。」

えっ!?じゃあTV観れないの?

はい、観れません(笑)

これはめちゃくちゃ良いし、オススメです。

本当に良かったと思っています。

アートな作品しか観ないからこそ、素晴らしい演技とはどうゆう演技なのかが分かるようになってきました。

これをしなければ、どうゆう演技が良いか?

分かるようになるまでに、かなりの時間がかかっていたでしょう。

卒業後、TVを観た時に、どれほど自分の目が肥えているかを実感すると思います。

演技だけでなく、自分に必要なのもの、不必要なものが分かるようになったのも、大きく変わった所だと思います。


「大自然の中での生活」

これも大切なポイントでした。

世の中には雑なものが多く存在します。

自然の中にいることによって、自分にどれだけ雑なものが付いているかが分かります。

特にアクティングは雑なものはいりません。

不要なものはどんどん、落としましょう。

自然が全て教えてくれます。

「ゼンヒラノ直接指導」

これが1番のポイントではないでしょうか?

ゼン先生の凄さは、真実を見抜く感覚が抜群に優れてる所だと思います。

俳優の真実と嘘を一瞬で見抜いてしまう。

中々こうゆう存在はいません。

又、先生がお話しされるだけで異次元に行ったような感覚になります。

人それぞれ、エネルギーが違います。居る次元も違います。

ゼン先生は全てがアートです。

一瞬にして場のエネルギーを変えてしまう。

アートな空間、どこか違う世界へ連れて行ってくださるくらい、素晴らしい創造力、信じる力を持っていらっしゃいます。

その素晴らしい空間に1年間いられることは、とても凄いことなんだと思います。

是非触れて観てください!!






2018年3月23日金曜日

ザ・アクターズ・スタジオと恩師リー・ストラスバーグの思い出


~第11話~


僕は、スタジオで素晴らしい演技をやった事もあったし、お話にならない酷い時もあった。

(アクターズスタジオは、いい演技を見せるところではなく、自分では、解決できない演技上の問題を提起する場所ではあるが、余りにも酷い演技を見せるワケにはいかない)

今も、心に残っている場面がある。

バーバラ  ・カーヴィントン。

彼女を初めて見たのは、スタジオで、ゴミ袋を抱えた浮浪者を演じて、地下鉄の電車の中で中で、神様と話をする場面だ。

凄いの一言、本当に神様がそこにいると思わされた。

彼女は中年の黒人で才能は一級品、
エリア・カザンが、『メディア 』の舞台で主役として抜擢した。

ある日、彼女が僕に近ずいて来て三島由紀夫の『葵の上』を二人でやろうと、ボソボソと話しかけて来た。

彼女は
「三年前から思っていた」
と言った。

早く声をかければいいのに。

よくそうゆうことがあった。

僕と演技をするのをどうゆう訳かためらうらしい。

ぼくはとても、ハンサムで気が優しいのにと思っていたのだが。

今、考えてみると、こちらから、演技をやろうと話しかけたことは一度も無い。

さて、スタジオでストラスバーグに見せたのだが、二人とも酷い演技で紋切り型もいいところ。

演技をしながら彼女に近づいて、つぶやき声で、
「バーバラこの辺でやめちゃおうか?」
「ゼン、それはちょっとまずいんじゃない。兎に角最後までやりましょうよ。」
と。

ストラスバーグが、我々の演技について何と言ったか記憶はないが、彼が、日本の文化、歴史、芸術等について素晴らしいスピーチを披露した。

スタジオで初めて経験したことだが、ストラスバーグに対して拍手でクラスを終えた。

お話にならないほど酷い演技だったのに僕らはとても幸せだった。

三年経った。

又、バーバラがやって来て
「ゼン、もう一度、葵の上をやってみようよ。」
と。

物語は確か、葵の上が病気で光源氏を呼び寄せるシーン。

看護婦の長く、素晴らしいモノローグがある。

僕は光源氏、天から呼び寄せられたという設定。

天から呼び寄せられ、人間離れした、動きを要求される。

(僕には当時、ダンスで、特に、太極拳と、ストラスバーグの個人のクラスで鍛えた五感の記憶がある。)

今、天から舞い降りてきたという印象を観客に伝える必要がある。

下界に降りて来て突然人間たち(メンバーたち)に遭遇した驚きをジェスチャーで表現し、急いで病院に駆けつけるのを、そして森の中で、あたりがだんだんと暗くなるのを、寒くなるのを全て、舞台の一点に留まって、からだの動きのみで表現した。

五感の記憶で森の中を、寒さを、暗さを実感する。

クラスに発表するという前日、(二人きりのプライベートなリハーサルなのに)ひとりの男性が入って来た。

驚いたことに
エリア・カザンである。



次回に続く。

ZEN

2018年3月18日日曜日

ゼンゼミ体験談


ヨーコ
 

ゼミに初めて出会ったのは、24才の時でした。

シュウサクの知り合いに誘われて、オープンハウスに行きました。
 
その時の最初の感想は『気持ち悪い』でした。

でも、それは、頭・・・
心は、実は感動していたのです。

背中がずーっとぞくぞくしっぱなしで、でも泣く事もなく(泣く事さえもできない程、心が固まっていたのでしょう)
ゼミ生達のエクササイズでの、生の感情というものに生まれて初めて触れてショックが大き過ぎたのでしょう。
 
そんな訳で私はゼミに通う事を決心するまで半年くらいかかりました。

心の声に従うまで、そんなに時間がかかるんですね。
 
通い始めてゼン先生に触れたとたんに即、ハマりました(笑)
 
初めてのシーン実習の時の事です。
 
知り合いの家に行ってケンカをするシーンでした。
 
私はご多聞にもれず、ケンカをしに、怒って相手の部屋に行きました。

相手の部屋をノックしたとたん、ゼン先生に
「ちょっと待ちなさい。その部屋、ホントにその人の部屋? 確認した? 知らない人だったらどーすんの?名札見た? ドアは見た?」

「??? 見てません、確認してません。」

「OK、今日はわかればいい。続けなさい。」

確認してドアを開けて相手の部屋で突然私は暴れ始めました。

ー今思うと、気狂い沙汰ですね(笑)もちろん、ゼン先生に止められます
「OK、ちょっと待って。あんた、今ほんとに怒ってる?」

「??? あー、怒ってません。」

「OK、わかればいい。」
 
衝撃でした。
 
役の人生を生きるどころか、見る、聞く、話す、さえもできない自分は、というか知らなかった私は、海を漕いでウサギを採りに行っていたのです。
まさにその日から、山にウサギを採りに行く修行が始まりました。
 
エクササイズでも、ホントにたくさんの事を教えて頂きました。

今振り返るとゼン先生は、常に私達の事を
「あんた達はアクター! やるか、やらないか!」
と、アクター扱いして下さいました。
 
実際のところまだアクターになんかなれてなくて、ホントにアクターになる為、真の自分に出会う為に精魂込めて向きあっていただいていた事に気付きます。
 
私が最初に救われた
「あんた、そんなにいい人じゃないでしょ?」
の一言。

この一言は、アタシでいていいんだ!と本当に救われた一言でした。
 
「嫉妬した事ありません」
と言った私に
「そんなはずない」
と、エクササイズでとことん付き合っていただき、私が自分でも気づかない程の心の底の底を開けて見せていただいた事。

「エクササイズを毎日やる事が出来ません」
と泣きながらゼンさんに訴えると
「いいよ。そんなにやりたくないなら、あんた特別にやらなくていい。レポートを提出しなくていい」
と荒療治をしてくれた事。
 
ゼン先生は覚えてないでしょう・・・たぶん、そんな事言わせたのは後にも先にも私ぐらいでしょうね。
次週から、しっかりレポートを提出するようになりました(笑)
 
ただのワガママだったんですね(汗)
 
そして、エクササイズでセクシャルオープンをさせて頂いた事。
これは、外すわけには行きません。

心から感謝している事の大きなひとつです。

そこに果敢に立ち向かいセクシャルオープンをやらせてくれる教師が、ゼン先生の他にどこにいるでしょう。

正しい認識のもと、そこを経験させて頂いた事に、私は深い感謝と尊敬と、ゼン先生に出会えた自分の幸運を心から感謝しています。
 
そして、ミユキ先生と何本もシーン実習をやらせて頂けた事、公演に参加させて頂けた事。

それも私の中の貴重で重要な体験です。
 
今、日々の訓練を重ねながら、その時の未熟さに気づくと共に、その未熟な私にとことん付き合ってくれたミユキ先生に感謝してやみません。
 
セリフ、と台本に書いてある事を成立させようと必死な私に、その役の生活を流しながら、台本にはない言葉で、その役、そのもので、私に話しかけてくれたミユキ先生。

その役として生きて、生活しているミユキ先生に必死でついていくのはそれはそれは大変で、足りないところにどんどん気づいて、それでも自分の役と新たに出会っていく、とてもとても楽しい時間でした。
 
河口湖での公演で『葉桜』の娘役をやらせて頂いた時、もう一人のヨーコと本番前、ドキドキしながら台本を読んでいると、ゼン先生が楽屋にいらして、

「台本なんて、今更読まなくていい。ただやりなさい。大丈夫!」

「えーっ⁉︎
と、変に安心した瞬間でした。
 
ここ2・3年、エクササイズをする時の私の課題は「外へ外へ」そして「魂の声を聞きたい」でした。

魂の声ってどんな声だろう。私の本当の声ってどんな声だろう。

自分の中にある、愛と不安。
今、この瞬間、自分の中にある本心。
本当の心って何だろう。
何が起こっているんだろう。
ゆるめながら、くずしながら、顔も身体もぐちゃぐちゃにして・・・。
 
11月の始めでした。

リラックスしている時、胸がムカムカして、気持ち悪くて、何かが詰まっているようで、チャンスだ!出せ!出せ!出せ‼︎
嫉妬心を見つけた時にはゼン先生が必死で、
「そう! 出しちゃいなさい! ついて行きなさい‼︎もっともっと!!」
と引きづり出してくれました。

今、ゼン先生が目の前にいないこの瞬間は自分でやるしかない!
GO!GO!GO‼︎‼︎
今まで聞いた事のない声が自分の中から聴こえてきました。

感動して、これだ!と思いました。
 
そして、ゼン先生始め、ヨシアキ、母、父、今一緒にいる仲間、今生きている事、演劇を続けられている事、訓練を続けられている事、宇宙に存在している全てに対し、感謝が怒涛のように湧いてきて涙が止まりませんでした。


安心感、幸福感、愛、感謝。
 
これを、是非お伝えしたかった。

 
もちろん、まだまだ私の中に何が隠れているのか、訓練は続きます。
 
「あんた達一人一人の人生が大事。
好きなら続けなさい。
やるかやらないか。」
 
私は、ゼン先生に出会えた事で本当の自分に出会うチャンスをいただきました。

そして本当に幸せな人生をいただきました。

まだまだ、道の途中です。

そして、もっと、もっと、たくさんの事を教えていただきました。

今、気づく事もたくさんあります。書ききれません^_^
 
do your best
jast do it
 
今、この瞬間の全てに感謝して。
 
愛を込めて
 
ゼン・ヒラノ様
 
ヨーコ

2018年3月17日土曜日

ゼンゼミ体験談


ヨシアキ

24歳の時に出会い、それから10年以上通わせてもらいった。
その後もミユキ先生の公演やコミュニティの発表会などのお手伝いで、
Zen先生の演出を間近で体験させていただいたことは、今現在の僕にとって何ものにも代えがたい人生の財産です。


「俳優と演技に対する深い愛情と、どんな誹謗中傷も恐れず孤高を貫く勇気」
それがどれほど凄いことであるかを日々思い知るばかりです。

Zen先生の深い愛情と真の優しさ、勇気に守られて、本当に沢山のことを教わり、体験させて頂いた。

また、辛いとき、苦しいとき、悩んでるとき、ミユキ先生にどれ程、勇気づけてもらったことかしれません。

合宿で忘れられないのは
Zen先生からいただいた「あんたは格好ばかりつけるから駄目」って言葉。

あれは胸に刺さった…。

自分では格好つけてる気なんかなかったから、その瞬間、凄い傷ついたの覚えてます。

で、その後ミユキ先生からも「言われたねえ」って言われ、でも、そう言ってもらったおかげで、素直にその意味を考えてみようって思えて、今の僕にとって、本当に「ありがたい」最高のサゼッションだったって感謝してます。

最高のタイミングで頂いた最高の贈り物なので、今も大切に、何をやるときも
「格好だけにならないように」と自分にサゼッションしながら暮らしてます。
きっとお二人はずっとそれを僕に気付かせる時を狙っててくれたんだなあって思うと、涙が出るくらい有り難くって、幸せなことだと思います。

ZEN先生がクラスのたびに言ってくれた「あんた達、俳優よ!」て言葉も、忘れられません。

認識の浅さと、レベルの低さは当たり前として、それでもクラスに参加した初日から「真の俳優」とはどう云う者で、どうあるべきかを、常に考え行動するきっかけになったと思います。

  
俳優としても一度だけ、公演に参加させていただきました。

「藪の中」
ZEN・HIRANO演出の舞台に出演できたことは、僕の俳優として最高の誉です。

リハーサルから本番が終わるまで、ものすごくたくさんのことを学び、体験し、そして俳優として確実に成長させていただいたと確信しています。

「放免」を演じることになってからもリハーサルではなかなか役を掴めず、ZEN先生、ミユキ先生をはじめ、共演者のみんなから、たくさんのアドバイスとヒントを頂きながら、そのおかげで、拙いながらも、どうにか本番では「放免」を生きることが出来たと思っています。

Zen先生からいただいた、「ギターケースの馬」に乗る演出。クラウンのみんなが巧みに扱い、本当に暴れ馬みたいだったのが思い出されます。つけていただいた「馬にまたがる動き」。Zen先生があんまりカッコよすぎて、真似しようとして余計な飾りいっぱい入れたら、変てこなことになって、直していただいたの覚えてます。

あの時にシンプルなものほどカッコいいんだって教わり、それからは出来るだけ飾らないということを心掛けるようになりました。

アクターズスタジオでの公演のビデオも見せていただきました。

放免役のトニーに強烈に憧れて、めっちゃ影響されました。

ちょっとでもトニーみたいにやりたいって真似したみたけどうまくいくはずもなく玉砕。
でも、その中からいくつかの演出を拾っていただいたし、トニーの真似をしてみたことで、自分の枠から少し出ることが出来たと思うし、放免の雰囲気を体感できたように思います。
 
その放免のキャラクター作りに
「自慢やで格好つけるけど、実は臆病者で何かあるとすぐに逃げ出す」
と云うクラウン。

そのクラウンでいると自分がすべて許される気がして自由でいられて、とても楽しかった。

Zen先生に放免のリハーサルを見て頂いてるときに、リンゴを食べた後、
「ヨシアキ、自分の世界で口を拭いなさい」ってサゼッションしてもらい実行してみると、合宿でやったクラウンと、放免と云う役がシンクロし始め、合わせて僕が本来持っている「虚言癖」も役と重なっていって、本番の演技につながったと思います。

衣装もその「格好付けしいで、男らしさをアピールする」っていうコンセプトとうまくはまったと思ってます。
上半身はトニーの衣装を参考にして、全て自分で手縫いしたので、すごく思い入れがあり、頭は百均ショップに行って、いろんなものを頭に乗っけて見つけました。
下半身はZen先生のアイデアで東急ハンズに行ってオレンジ色のごみ袋を買って、ヌード雑誌を詰めることで、身につけると男をアピールしてる気分になれて、もうすごく効果的で、自分に影響していたと思います。
 
Zen先生から直接指導を受けることができて、
ミユキ先生と何度も演技をさせていただき、学ばせていただけて
志を同じくする多くの仲間や諸先輩方に出会うことができた。

体験し学んだ多くのことは、僕の人生の最高の財産です。
ありがとうございました。

2018年3月16日金曜日

第57回『神との対話』に魅せられて



最近、僕のワイフ、ミユキが、斉藤ひとりさんという人が、
「こんなことを、言っている」
と僕の書斎に入ってきて、やや、興奮気味に話しかけてきた。

彼 の言葉を一言聞いて、
この人は、神の使いメッセンジャーだと直感した。

(メッセンジャーというと、何か物々しい人物を想像するかもしれないが、『神との対話』に、その辺の浮浪者かもしれないし、コメディアンかもしれないし、商人かもしれないと、書かれていた。)

いつも思い出すのだが、松下幸之助さんが、
「商人は、神の使いである」
と言っていたのには、驚かされた。

ここにあるものを、あちらの無いところに運び、ここに無いものをあちらからお運びする役目だと。
確かに、神に使いだ。

世界的に評価されている本を色々読んだが、素晴らしいと思っても、
斉藤さんの言葉ほどユーモアに富み、そう言われれば、そのとうり、納得。
やってみようかなと思わせるものは、少ない。

ミユキが入って来て、斉藤さんが、
「ツイテル、ツイテルと、となえろ」
と。

『神との対話』に書かれたことを、我々庶民に非常に解りやすく、
実生活で実行可能な方法を語りかけていると思う。

例えば
「ツイテル、ツイテル」
を1日に何回も、何回もとなえろと指示していると云う。

雪道で転ぼうが、財布を無くそうが、
税金の支払いに追い込まれようが、
たとえ病で死ぬ事になっても、(人より一足先に天国にいけるから)
「ツイテル、ツイテル」
といいつづける事だと。

『神との対話』に
「有難いと云う感謝の言葉は、あなたを救う、世界を救う」
と書かれている。

僕の知人に84歳になる松葉杖をついて人助けのために
、夜行バスに乗って人の心と体を癒やす為に何処へでも、
出かけていく女性がいる。

彼女を見ていると「有難い、有難い」を連発する。

「脚が悪くなければ、今の境地に達しられなかった」
と言っていた。

ハンデを負った事で感謝をしている人達は大勢いる。
これらの人達はみんなツイテルのだ。

斉藤さんの素晴らしい ところは、
実生活で鍛えた経験と実績、
人間の心を動かす直感力、
そして、神に対する深い信頼だと思う。

「ありがとう」
と云う言葉は、
あまりにも耳慣れして実感がともないにくいし、
心を込めて言わなければと云う負担を感じることもある。

「ツイテル、ツイテル」
と云う言葉は、自分自身に向けた言葉なので責任感からフリーだ。

この言葉は、
人間の潜在的意識を刺激し、
自然発生的に感謝の気持を引出し、
宇宙の肯定的波動を呼び寄せるのだと思う。

どうゆう訳か、かれの名前も知らなかったし、かれの本やビデをも見たことがない。

みゆきが、僕の部屋に入ってきて、斉藤さんが
「ああ言ってた、こう言ってた。」
言いにくるので、それで充分、
「へー、スゴイね、オドロイタ」
と口にし、楽しくなる。

斉藤さんは、
それぞれが抱えている問題の解決策を即、実行可能、呆れるばかり世間的な方法で提示する。

『神との対話』に、人に何かを勧めるとき、
「これこれは真実だと言うな」
と言っている。

客観的真実は存在しない。

常にその人の主観が入ると。

そこで、僕は、
「斉藤さんは、素晴らしく面白くて、為になると僕は思うけど、あなたはどう思う?」 
と。

斉藤ひとりさんは、ひとの心を動かす天才なのかな?

神の使い、メッセンジャーであることはまちがいない。

ZEN

2018年3月15日木曜日

河口湖コミュニティ 卒業生からの情報



日中働きながら、朝晩、しっかりと演技と向き合う河口湖コミュニティ。
卒業生から
アルバイトの件に関しての情報です。

参考になれば嬉しいです。

基本的には、
①ハローワークに行くこと。
②タウンワークを見ること。(無料で、近隣の薬局やスーパーに置いてあります。)
当時は、この二つで、探すのが主流でした。
しかし、いまは、当時と比べて、スマホやネットも普及し、いくらでもアルバイトを探すことが可能だと思います。
また、当時よりも、河口湖や富士吉田自体も繁栄しているため、そして人手不足もあり、仕事探しは、さほど心配しないで良いと思われます。

コミュニティは朝の稽古が7時くらいまでで夜も19時30分からだったので、
食事をとったり準備したりで、余裕を見て9時〜18時のアルバイトをお勧めします。
当時メンバーには7時30分〜8時から アルバイトを始めているメンバーもいましたが、朝食を食べずに出かけたり、バタバタしており、また急いでアルバイト先に行くのも交通ではとても危険なので、時間には余裕を持ってアルバイトに向かうのがベストだと思います。

アルバイトの種類ですが、
当時のメンバーを思い返してみると、
・パチンコ店(たくさんあり、時給もいいです)
・ユニクロ(富士吉田市にあり、少し遠いです)
・回転寿司(魚屋路トトヤミチ富士吉田店、僕が7年ほど働いてて、すかいらーくグループ店なので制度もしっかりしてます)
・アップル弁当の配達
・オルゴールの森
・河口湖郵便局
・ショッピングセンターベル内、輸入食品店ジュピター
・富士急ハイランド
・デイケアセンターニチイ(富士吉田)
・ほうとう不動
・木こり
・ドンキホーテ店員
・ゴルフのキャディ(ゴルフ場がいくつかあります。冬の間仕事がなくても7〜8割は給料を保証してくれるそうです。要確認ですが。。)
・キューピー工場
などなど、全部網羅できてないかもしれません。

山梨は時給も安めですが、
週5日フルで働けば、
コミュニティ費と生活費は賄えるのではないかと思います。
結構ギリギリですが。。

昼食の食費を浮かせるために、賄いがでる飲食店で働く選択をするメンバーもいました。←僕です笑
ネットよりもコンビニなどにある無料アルバイト雑誌が一番信用性が高いと思われます。
河口湖や富士吉田は観光地なので、働く場所が結構あります。
特に
飲食はたくさんあります。

交通手段ですが、
車や原付バイク、自転車で、ほとんどのメンバーが自転車でした。あまり遠いアルバイト先はオススメできませんが、ユニクロくらいまでなら自転車で通ってたメンバーもいました。
バイクなら、
原付バイクを安く売ってくれるバイク屋さんが忍野にあります。僕はほぼ新品の中古原付を五万円で売ってもらいました。三万円くらいで買ってたメンバーもいます。

あと、最後に、
生活のためにアルバイトをするのは必要かと思いますが、あまりにアルバイトに一生懸命になりすぎると、自分が山梨まで情熱をもってやってきたのに、一体何しにきたんだろう?アルバイトをしにきたわけではないのに、という不安や疑問に悩む時もあるかと思います。
多くの過去のメンバーが悩んだ道だと思います。
そんな時は金銭的にも余裕があるならアルバイトを減らしてスタジオで訓練する、映画を見る、など演技の研究に費やすのがいいです。
アルバイトをフルでしなければならないなら、アルバイト先でも実行可能なエクササイズをすることをオススメします。
ラジエティングやフライングがかなり訓練できますし、アルバイト先の方にも明るさや軽やかさは大変喜ばれます。
迷ったり悩んだら、
一人で決して抱えこまず、メンバーなどにも相談してください。メンバーやアルバイト先の人とたくさんバカ話をしてください。

そして、
山梨に来た初心を思い出して、
演技的にも人間的にも成長した自分で
会いたい人や仲間たちに胸を張って会いに行ってください。

2018年3月14日水曜日

ザ・アクターズスタジオと恩師ストラスバーグの思い出


~第10話~


前回よりつづく。

ストラスバーグは言っていた。

「全ての人は同じ量の資質を天から与えられている。その資質の全てを演出、演技につぎ込んだら、かなりの仕事をしていたかもしれないし、有名人になていたかもしれない。しかし、有名になることを恐れていたのだろう。有名になったらマスコミ等の圧力に振り回されることに耐えられないと、潜在意識的に気がついていたのだろう。」

(僕は、静岡生まれ、気候は温暖、雪の降ったのをみたことがない。海あり、山あり、温泉あり豊かさに恵まれて、過去一人として有名人が出たことがない。)
チャンスはことごとく断ってきた。

アル・パチーノが僕の演出でやってみたいと言ってきたし、
ポール・ニューマンが僕の『藪の中』の演出を観て、
「自分がプロデュースするから、日本に帰るな」
と言ったし、
エリア・カザンが黒澤明に紹介すると言ってきたし、
映画の主役を提供されたこともあった。

しかし、それらの誘いを避けてきたおかげで僕の持っているすべてのエネルギーを俳優教育に注ぎ込むことができたと思っている。

俳優教育は人間教育だ。

それぞれが、
まず、心にたまったゴミを吐き出して、
風通しを良くし、
将来、どのような道を進もうとも、
周りの人々を喜ばせ
(それは自分を喜ばせる最良の方法)
自分の本来の姿で生きられるよう、
お互いに刺激しあっていきたいと願っている。

人生は何かになるためではなく、
いかにあるかだと思っている。

話は、『雪国』にもどるが、ストラスバーグとメンバーたちに初めて作品を公開したときは、僕は、2階のバルコニーから観ていて、俳優達がもうちょと、ああしてくれれば、こうしてくれればと思っていた。

しかしプレイが終わった途端、突然の拍手とスタンディングオベーション。

(アクターズスタジオでは、教育の場所なので拍手は、一切しない事になっている)

バルコニーの階段を降りて、ストラスバーグの前に 出て聞いた。
「なぜ、みんな拍手するんだ?」
と。

ストラスバーグは言った。
「ゼンはこのプレイの全てを演出し、あれこれとプランしただろう?」

僕は
「イエス」
と答えた。

彼は言った。
「ゼンはプレイをプランしたけど、拍手はプランしなかっただけだ。」
と。

僕にとって深く心に残る恩師の言葉だ。

メンバー達は蜂の巣を突いた様に興奮して、
アクターズ・スタジオはこうあるべきだ! 
あああるべきだ!
とゆう議論を戦わせていた。

僕一人取り残された様な感じがしたことを覚えている。

ストラスバーグに直ぐ外に向けて、一般公開する様に言われた。

ZEN


余談になるが、メンバー達は直ぐ本屋に駆けつけて、英訳の『雪国』を読んだ。
そして言った。
「ゼン!あんたの演出したこと、どっこにも書いてないじゃないか?」
と。

それは、違う。

僕は、『雪国』の作家川端康成を尊敬して、小説なのに、一字一句余さず、全てを俳優に語らせている。

そのアプローチは、ある男が、『雪国』をこよなく愛していて、この本を夜遅く読み耽っていくと、ある晩、物語の人物が、彼の部屋をふと通り過ぎるのをきっかけに、雪国の世界にだんだんと深くはまり込んで行く。

そして、限りなく美しい世界が展開して行く。

才能とは、自分のものではない。

天からの贈りものだと実感している。

全ての人に与えられている。

ただ、気がつくだけだと。

ZEN

2018年3月8日木曜日

オープンハウス感想文



河口湖スタジオ
コミュニティ卒業生
リエ

今年の初めから、何度かゼン先生からメッセージが届いていた。

2月中旬に舞台があってバタバタで、全てのメッセージをちゃんと返信ができていなかったのだが、舞台が終わり一息ついた時に、ゼン先生のことを思い出していると急に会いたくなってきた。

更に4月からコミュニティを再開され、説明会も行うということだったので、そのタイミングで何かお手伝いができたらと思い、河口湖に行く決心をした。



久々に触れるゼン先生のエネルギー。

お会いすると忽ち異次元空間に行ったような感覚になる。

ゼン先生から発せられるエネルギーだけでなく、ゼン先生の創ったアートな空間。

一般社会からかけ離れたその場は、まさに異次元空間。

ただそこに居るだけで、想像の世界に入り込んだような感覚に陥るのは、行ったことのある方は理解できると思う。



説明会に来た方々も言葉にできなくとも、中身の濃い時間であったことは感じ取っているようだった。

私も有難いことに説明会のお手伝いをしながら、ゼン先生のお話を横で聞くことができた。

もちろん、コミュニティにいた時に何度も聞いたお話もあったが、それを聞きながら、改めて先生が本当に凄いことをおっしゃっているということ、又、今までの理解から、更に深く入っていくような感覚があり、また新たに新しいことでも知ったような感覚になり何度も鳥肌が立っていた。



先生は、その人の状態を的確に指摘し、そして、どんな状態でも認め、包み込んでいた。

だから、安心して自然と涙がこぼれる方もいた。



たった1時間程のお話の中で、お越しになった方々の表情がどんどん柔らかく、その人本来の素敵な顔に変化していくその様を見て、見ているこちらも嬉しくなった。



緊張という無駄な力がその人本来の姿から遠ざけてしまう。



自分は何がしたいのか?

どんな自分になりたいのか?

本当の私はどんな人間なのか?

私にとって何を選択するのが幸せ?

・・・



そう思っている人が世の中にどれだけいるだろうか?

世の中には自分のことすらよく分からない人が沢山いると思う

ゼンヒラノコミュニティでは、兎に角、自己認識を深めることを徹底する。

毎日レポートを書き、
今日自分はどう感じたか?
何をしてどんなことに喜び・幸せ・怒り・悲しみ・・・を感じたか?
を自分と向き合っていく。



その日々の自己認識を深めるからこそ、
自分を知り、
役を深めることができる。

それは自分の人生を豊かに生きることにも繋がることを私はここで学んだ。



お話の中でも
「自分の問題は自分の中にある。自分を育てられるのは自分しかいない。」

本当にそうだと思った。

私はコミュニティにいる時に、何故教えてくれないのか?と思ったことが多々あった。

けれど、それは依存であったと今ならハッキリ言える。

ゼン先生にもコミュニティにいる時に、何度も言われた言葉だが、本当に理解していなかったと思う。

しかし今では舞台にも出るようになって、この言葉が何度も頭をよぎった。

舞台に立てば、誰も助けてもらえない。

自分しかいないのだ。

だから、
普段の訓練も、
自分を信じ、
ただやるしかないのだ。



「自分を育てることができるのは自分しかいない。教師ができることは、刺激を与えるだけ。」



他にもここには書ききれない程、先生には沢山お話をして頂いたが、コミュニティにいた時よりも、ゼン先生の仰ることの意味が分かり、成長している自分に嬉しくなったと同時に、先生に感謝の想いが溢れてきた。



コミュニティで学んだこと、一年という期間の間に、種を蒔いているのだと思う。

その時に理解ができなくても、卒業して一年二年三年・・・と経ち、社会生活を送っていく中で、点と点が結びついて、ある時、ハッと理解ができたりすることが多い。



だからここで学んだことは私にとって一生物だと思っている。

すったもんだしていたが、本当に貴重な期間だったのだ。



またコミュニティを再開されるということですが、一人でも多くの人たちが、自分に自信を持ち、豊かに生きていける人が増えますように心から祈っています。



ゼン先生、ミユキ先生、
この度は沢山の愛あるおもてなし、
本当にありがとうございました!!

リエ


2018年3月3日土曜日

ザ・アクターズ・スタジオと恩師リー・ストラスバーグの思い出



~第9話~
 
スタジオの見学を始めてから半年ほど経った時に、

(どうゆうわけか、メンバーでないのに僕はスタジオを自由に出入りできた。多分ストラスバーグがOKしたのだと思う。) 

一人の中年の女性が近づいてきて、
(以前、ボーグマガジンの表紙になったとのこと)

「ゼン、川端康成の『雪国』を演出して欲しい」
と声をかけて来た。

 
「演出なんて、やったこともないし、考えたこともない。とても無理。NO!」
と答えたら、
「5分でいいから。」
と食い下がって来た。
 
ニューヨークの女性は怖い。
 
(しかし、今、自分の人生を振り返ってみると、常に、自分の人生の変わり目に、女性が現れて僕をレベルアップさせてくれた)
 
そして彼女は何回も
「ゼン! 5分でイイから」
と食い下がって来た。
 
次の日、スタジオに行く約束をさせられた。
 
翌日、キャストの5人と、ゼンが演出するからといって7,8人のメンバーがやって来た。
 
僕は、一番前の席に座って顔を下に向け、頭を抱えジーと考えたが、なんの考えも浮かばない。
 
みんなの視線を感じながら頭をもたげ、
「掃除でもやろうか?」
と言った。
 
見学者はみんないなくなった。
 
翌日、今度は、想像力がほとばしって止められなくなった。
 
何の努力もなく、想像力が湧き上がり、次から次に場面が展開し、結局、1時間半の作品が誕生した。
 
僕自身も、俳優たちも何が起きているのか、次の場面がどう、展開するのか見当がつかず、一言も口をきかず黙々と僕の指示に従って付いてきた。
 
各場面を言葉で説明するのは難しいが、例えば主役同志が初めて結ばれるシーン。
 
若い女が恋に落ちているのだが、それが言えず、真夜中に酔いどれて相手の名前を大声で叫びながら彼の部屋に飛び込んでくる。
 
セクシュアルなシーンだ。
 
スタジオでこのプレーを公開した後、メンバーたちは
「こんなに興奮したセックスシーンを見たことがない。日本の美の極致だ。」
と口々に言っていた。
 
しかし、彼達は全く見当違い。
 
僕は、この二人の主役にこのセックスシーンはロデオをやる事にしたと伝えたからだ。
 
女は、四つん這いになって牛のようにゆっくりと円を描いて逃げて行く。

ステージの先端に来たら一回転して仰向けになり、彼女のその長く、美しい金髪を一瞬観客に見せるよう指示した。
(姉が呉服屋だったので、高価な着物をプレゼントしてくれた。)
 
男は、その後しばらくしたら女を捉え、タックルする。
 
女は、驚いて男を思い切って突き放し一瞬叫んで仰向けに大の字になり、気を失う。
 
ここまでは、スローテンポで、やる!
 
しかし、観客にスローテンポでやってると気づかせるな。
 
(僕が演出すると俳優達は皆いい演技をする。僕の天から与えられた特質かもしれない。)
 
彼に、女が気絶したら実生活のテンポに戻れ、静かに大の字にになってる女に近づいて、右足を女の開いた両膝の間に、左足を女の膝の外の置いて静かに立ち、女ををジーと見下ろし、胸の内で10カウント数える。
 
そした女を凝視しながら、ゆっくりと両膝を曲げ、膝立ちし、5カウントしたら、ゆっくりと女のセックス向かって右ひざを近づけていく。
 
僕の当時の考えでは、恋とは身も、心も、二人が一体になる事だ。
 
女の左手の指に自分の指を重ね、右手の指に丁寧に指を重ね、一度大きく仰け反って静かに沈んでいくように指示した。
 
もちろん、衣装を着けたままだ。
 
その他、僕にとって、もっと、大切なシーンがあるが、言葉にするのは難しい。
 
もし、彼女が僕を強引に引っ張らなかったら、自分に演出能力が、あるなんて一生気がつかなかった思う。
 
スタジオでの演出の話は次回に続く。
 
ZEN
 

2018年3月2日金曜日

『神との対話』に 魅せられて

第56回


『神との対話』を読んで、共感したり、感動したりすることは、容易にできるが、実行することは、なかなか難しい。

全ての行動の動機は二つしかないと書かれている。

愛に基づくか、
不安に基づくか、
どちらかだと。

で、今、自分の勉強部屋のロッキングチェアに座っていて、愛に基づくとしたら、何をすべきだと考える。

何時もこの部屋で、本を読んだり、駄菓子を摘んだり、夜はワイフ、ミユキが食事を運んでくれ、ここで食べたりするので汚れやすい。

いつも、心の片隅で誰かが掃除をやってくれるだろうと思っている。

『神との対話』を読んでいて、今、この部屋、この椅子に座っていて、愛に基づくとしたたら何をすべきかと考えた。

自分で、自分の部屋を掃除をすることだ!と決心したが、昨夜はオリンピック番組を見てしまった。

今、約2時間かけて引き出しを四つ整理した。

思い出があったり、執着心があったりするものも出来る限り捨てることにした。

あと、引き出しが20個以上も残っている。

以前にも話したが、84歳になる脚の不自由な大下先生、そして、クロちゃんの掃除の仕方はハンパじゃない。

掃除とは磨きあげることだと云う。

この二人が掃除した部屋に入ると清らかな空気が流れ始める。

聖なる雰囲気が漂う。

このように掃除をすることによって、心の汚れを掃きだすことになるのだろう。

この4月から合宿クラスを始める事になるが、先ず、自分の割り当てられた部屋を生徒それぞれが、徹底して掃除し、部屋を磨くことは、自分の心を磨くことだと実感して欲しいと思っている。

また、事業等に成功している人は、殆ど間違いなく自分の会社、店、自宅等徹底して掃除に勤め、清潔を心がけていると言われる。

又、使わない古いものを、もったいないとか、思い出があるとかの理由をつけて持っていると、それらのものから出てくる波動が人体に悪い影響を及ぼすと言われる。

今、住んでいる家が、100坪の三階建スタジオ付きで計300坪、この2年かけて家具を始め山のような不用品を窓から放り出した。

500坪ある庭も友達が、木の苗を植えて綺麗にしてくれた。

この家に来る人が、皆とても幸せな気分になると云う。

問題を抱えて悩んでいたら、先ず、掃除をしてみよう 。

良い波動が部屋を満たす。

心が澄んでくる。

新たな発想が浮かんでくる。

人生が上向きになる。

ZEN