2020年5月30日土曜日

振り返り

僕は、どうゆう訳か有名人に好かれた。

ほとんど、自宅に人を呼んだことのないストラスバーグは、僕に毎週遊びに来るように言われたし、
アメリカNO.1の演出家エリア・カザンが、たった2人のリハーサルを、雪の中1時間以上も歩いて見に来てくれたし、
僕の演出した『藪の中』を観たポール・ニューマンに、
「ゼン、全てをまかせろ、売り出すから日本に帰るな!」
と言われたし、
人の勧めでイヤイヤオーディションを受けたら、演出家とプロデューサーがやって来て
「実は、ゼンのパートは無いが、40分付け足すから出てくれ」
言われた。

又、演出のえの字も知らないのに、川端康成の『雪国』を5分でいいからと、美人の女優に強引に進められて(演出って何のことか知らなかった)、気がついたら1時間以上になり、スタンディング・オベーション。

メンバー達は、直ぐ本を買いにいって読み、
「ゼン!あんたの演出したことは、どっこにも書いてない」
とクレームが来た。

しかし、僕は作家に対する畏敬の念からナレーターも入れて、一字も余さず演出した。

又、訳も分からず演技したら(アクターズスタジオでは、あり得ない事だが)、冷静なストラスバーグが、思わず立ち上がって
「ここにプロデューサーがいたらゼンは主役だ!」
と叫んだ。

アル・パチーノやデ・ニーロが5,6年かけてメンバーになったのに、年に一度の最終試験に3日前に強引に招待されて、メンバーになってしまった。

当時、この演劇の世界に全く、無知で、どうゆう訳かあまり親しく無い女性に、見学者として、アクターズ・スタジオに放り込まれて奇妙な人生がスタートした。

当時、スタイルが良くハンサムだったのかもしれない。

恩師ストラスバーグが急死し、僕の人生であれほどショックを受けたことはなかった。

何日か、泣き続けた。

その直後、ニューヨークを後にした。

NYから40日間かけてバイクでロサンジェルスに向けて旅立った。

「恩師 ストラスバーグよ サヨーナラ! 心から愛と感謝を!」





NY ザ アクターズ・スタジオ
正会員
ZEN HIRANO
写真は、アメリカ大陸音団を終え、日本に辿り着いた直後のZEN HIRANO


安らぎとは何か?

日々の生活でいろいろ気になることが多い。

生活費を稼ぐ事。
健康のこと。
対人関係。
税金。
空気汚染。
地震、津波等々・・・


現代社会に生きていくには、これらの問題を避けるわけにはいかない。

殆どの人は不安と戦いながら夢中になって働かなければならない。

緊張を強いられる。

不安や、緊張を抱えながら生きていくのが人生だとしたら、何のために生きているのか?

多くの人が希望を失って自殺する。

この地球上の年間の自殺者数80万人。

お互いが自国の正義を主張して戦争をし、数えきれない若者たちが死んでいく。

又、幸福論を書いて自殺する人もいる。

幸せとは、求めるものでなく他者に与えることだ。

「与えられれば、自分が幸せをもっていることになる」
(書籍『神との対話』より)

僕の教師としての幸せは、その人が本然の姿を現し、喜び輝いているのを目にする時だ。

幸せは追い求め、見つけるものでないような気がする。

幸せは気づきによって、あらわれるような気がする。



幸せな人といえば、僕のおばあちゃんを思い出す。

90歳を過ぎて愛犬に飛びつかれ腰の骨を折って寝ていたが 、幸せいっぱいの笑顔で
「いつでもお迎えが来てもいいよおー」
と言っていた。



又、昔、アクターズスタジオで一人の俳優が、幸せいっぱい、ニッコリと微笑みながら、ユックリと死んでいく場面を演じたのが、未だに強く印象に残っている。

不安にかき立てられて人生を終わりたくない。

愛するものを、喜びを与えてくれるものを1つでも多く見つけて、
「ありがとう!」
と言って、人生を歩んで生きたい。



NY ザ アクターズ・スタジオ
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ZEN HIRANO
(中途半端な文章になって申し訳ない。)

2020年5月28日木曜日

映画『あたな その川を渡らないで』


https://natalie.mu/eiga/news/184596
https://ogre.natalie.mu/media/news/eiga/2016/0422/anatariver_201604_01.jpg?impolicy=hq&imwidth=730
映画『あなた その川を渡らないで』


前回「我が大草原の母」を紹介させて貰ったが、もう1つ深く心に残るドキュメンタリー映画がある。


『あなた、その川を渡らないで』

この老夫婦に、人が我を捨てて愛し合うことの素晴らしさを目の当たりにする。

愛とは大げさなものではない。

相手に対する思いやりではなく、思いだと教えられる。

条件付きの愛など存在しないと教わる。

自分の心の片隅に置き去りにされた、無条件の愛に声をかけてみたい。

「ゴメンね」と。

自分のことで頭が一杯で、心配事で駆けずり回っていた日々。

不安に基づき、何かを見失っていて走り回っていた自分。

今、この混迷の現実の世界で、
ここエンジェルガーデンの庭に咲く桜のように、

何事もなく
今を静かに謳歌したい。


NY ザ アクターズ・スタジオ
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ZEN HIRANO

2020年5月27日水曜日

映画『我が大草原の母』

https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/09/cf/36ec98cbb47166211a72a1f9a5c50894.jpg
映画『我が大草原の母』


もし、僕が今まで観た映画のうち、最高の一本を挙げるよう言われたら、
それは、マーロン・ブランドでもなく、オーソン・ウエールズでもなく、「風と共に去りぬ」でもない。

中国の低予算の映画
「我が大草原の母」
を躊躇なく挙げる。

舞台はモンゴル。

飢餓のため、手放された遺児を引きとって、育て上げる一女性の愛の物語である。

天から授かった母なる姿の美しさ、尊さをまざまざと見せつけられる。

批評家が物知り顔に星印幾つなどと言って欲しくない。

母親の持つ愛の崇高さ、美しさを評価し、星印幾つだという者に対して、僕がヒットラーだったら、即、銃殺だ。

毎日、3,4本映画をTVで観てきて、これほど感動させられる映画に出会ったことはない。

センチメンタルな僕は、一日中涙が止まらない。

この映画で真の母性の崇高さ、美しさを伝えてくれた女優に、そしてこの映画に携わった人々に、感謝と尊敬の念で胸がいっぱいになる。



NY ザ アクターズ・スタジオ
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ZEN HIRANO

2020年5月26日火曜日

若き女優 イザベラ・ヴィドヴィッチについて

https://eiga.k-img.com/images/rental/amazon/8431c708dd9a6d4298e3737c8041736c.jpg?1539113609
映画『ワンダー 君は太陽』


最近、映画「ワンダー 君は太陽」の1場面を20回以上くりかえし観ている。
(但し一場面のみ)

劇中劇、舞台公演の一場面でソーントン・ワイルダーの我が町。

観客を前にして、イザベラ(18才)の1分半のモノローグの場面だ。

彼女の両手は体の前で組んだまま、何のジェスチャーもない。

人間の魂の深い源泉から感情がとめどなくー溢れ出て体を震わせ、俳優芸術の素晴らしさを実感させられる。

この、若き女優イサベラが、天から与えられた贈り物を大切に守り、育て上げて大輪の花を咲かせて欲しいと願っている。

(この映画の主役ジュリア・ロバーツが、自分の演技を忘れて彼女の演技に心を奪われているのがハッキリと伝わってくる。)



ストラスバーグは言っていた。
「相手役の演技に心を奪われた時に、自分も良い演技をしている。」


表現力と言うと体を振り回すジェスチャーと思うかも知れないが、一番の表現力を持つのは、目だと言われる。

目は魂の窓と言われ、嘘をつく事は出来ない。

自分の意思で目の色を変える事は出来ない。

その俳優が想像の世界を信じているかどうかは目を見ればわかる。

(あなたの恋人があなたを本当に愛しているかどうかは、相手の目を見ればわかる。
貴方が恋に落ちていれば、恋は盲目と言われるから、難しいかも?)

リラックスの訓練の重要性は、自分の感情や想いが、からだの緊張によって何処にも邪魔されないで、目に表れるようにする事だ。

(同じ事を何回も繰り返しているようで、まとまりがつかなくなって来ました。)

今日はこれで、失礼します。




NY ザ アクターズ・スタジオ
正会員
ZEN HIRANO

2020年5月25日月曜日

役になりきる努力と執念


映画
「ガンジー」
「ウィストン・チャーチル」
「リンカーン」
上記の映画は、何度見ても感動し涙する。

それは、映画の物語ではなく、それぞれの俳優が、役になり切ろうとする誠実な努力と執念の凄さだ。

それは俳優冥利に尽きる。

俳優はまず、これらの実在人物の身体的特徴をモノにしなければ観客は納得しない。

俳優はその人物の歩き方、話し方、ジェスチャーをマスターしなければならない。

それだけでなく、役の人物の目を通して世界を見、役の信念、意志、夢や挫折を自分の魂の中に染み込ませなければならない。

この大役を引き受けて、果敢に立ち向かう俳優たちの、我を忘れての努力に、感動と畏敬の念で胸が熱くなる。


上記の3人の俳優は、アカデミー主演男優賞を与えられた。


僕の敬愛する映画監督エリア・カザンが言っていたが、
「演技とは、人間理解だ」
と。

役が目にしたものを、自分の目で確かめ、役の想いを自分の想いとし、役の信念を自分の信念として、想像の世界に我を忘れて酔いしれること。

これらの99パーセント役の世界に入り込む俳優たちの勇気と努力に畏敬の念を覚える。

(想像の世界にとことん入り込んでも、1パーセントの自意識があれば、気狂いにならないと言われる。)

巷の殆どの俳優は、自意識過剰。
我を忘れることはない。

多くの俳優を志す人達は、俳優になりたいのではなく、有名になりたいのだと思うことがある。

「俳優になりたいという欲求は、想像の世界に生きたいという欲求であり、高く舞い上がりたいという欲求だ! 」
とゴードン・クレイグは言っている。


俳優を志す若者たちに、俳優の仕事とは何かを認識する為に、上記の映画を繰り返し観て欲しいと願っている。


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ZEN HIRANO

2020年5月24日日曜日

英俳優 ダニエル・ディ・ルイス


映画『ファントム・スレッド』から


トップクラスとは?
スターとは?

最近、イギリスを代表する俳優たちの映画を観ています。

素晴らしいです。

話に聞く過去の名優、ドゥーザ、サルビーニには、追いつかないでしょうが、
シェークスピアを生んだイギリスの俳優だけあって、役に対する真摯な態度に、
心を打たれます。

まず、映画「リンカーン」を演じたダニエル・ディ・ルイス。

彼は、アカデミー賞の主演男優賞を3回とっています。

徹底した役作りを行うことでも知られており、そのスタンスはロバート・デ・ニーロと比較されることも多いと言われます。


゚*.。.*゚*.。.*゚*.。.*゚*.。.*゚

<以下はWikipediaより引用>
『マイ・レフトフット』では
実在の脳性麻痺の画家クリスティ・ブラウンを演じるため撮影中は常に左足だけを使った。車椅子に座ったまま生活し、立とうとはしなかったため、ケーブルや照明の邪魔にならないように、スタッフに車椅子ごと移動されていた。
『ラスト・オブ・モヒカン』では、
モヒカン族の役を演じるため6ヶ月間にわたって野営や釣りを行い、獣の皮を剥ぎ方などのサバイバル術を習得。最終的には自分でカヌーを作れるまでになった。
『エイジ・オブ・イノセンス/汚れなき情事』では、
プラザホテルに2週間滞在した。1870年代の衣服を身につけ、ニューヨークの街を数週間さまよい歩いた。
『父の祈りを』では、
IRAの爆破事件の冤罪をかけられた北アイルランド人を演じるため、北アイルランド訛り徹底し、約15kg減量した。撮影中は独房のセットで夜を過ごし、スタッフに罵声を浴びせ、冷たい水をかけるように頼んだという。
『ボクサー』では
プロボクサーと週3回のスパーリングを3年続けたが、そのスパーリングの最中に鼻の骨を折ってしまい、現在は鼻がわずかに曲がっている。
『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』では
20世紀初頭の録音記録や1948年の映画『黄金』を参考に1年間かけて役作りした。
『リンカーン』では
当時のリンカーンの外観に似せるため髪と髭を伸ばし、関連の書物やリンカーン自身が書き残したものを読みあさり、19世紀の生活に慣れるため、メアリー・トッド・リンカーン役のサリー・フィールドと当時の文体で手紙の交換を4ヶ月間行い、南部訛りを徹底して撮影に臨んだ。
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恩師ストラスバーグが常に言っていた事は
「努力が有っても、才能が無ければモノにならないし、才能が有っても努力が無ければモノにならない」
と。

ここで言いたいのは、
トップになるには、生まれつきの才能と、とてつもない努力が必要だという事です。

徹底して努力出来るのを才能と云うのかもしれません。

もし、あなたが俳優を志ざすのでしたら、アカデミー賞を獲得した俳優のみを観て、
想像の世界に生きるとはどうゆう事か、
どんな訓練が必要なのかを見極めて下さい。

トップクラスの俳優のみを観て、
真実に対する感覚を高めましょう。



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ZEN HIRANO