2019年8月17日土曜日

オートバイについて

僕は50年ほど前のオートバイをもっている。

BMWサイドカーだ。

林道にもって言って一人静かに眺めていると、手創りの美しさが伝わってきて目を離せない。

花火を打ち上げたような華々しい俳優はよく見かけるが、永年コツコツと積み上げてきて燻金のような俳優がいる。

年老いたキャサリン ヘップバーン、ルイ ジューべのような。

ZEN



役に生きる~セリフの言い回しについて~



日々の生活では、人は相手に考えた事、感じたことを伝えたい為に言葉を口にする。

よって、俳優は役を生きる為には、セリフから推し量って役が考えている事、感じていることを体験しなければならない。

我々の演技方法は、
役に何が起きたかを説明するのではなく、
役に起きたことを体験し表現する方法をとる。

体験の芸術と言われる

アメリカの卓越した演出家エリア・カザンは演技とは人間理解だと言っている。

たとえ、自分が演じる役が殺人者であっても、彼の生い立ち、境遇、性格を徹底的に調べ上げ 、深い共感と同情を手に入れる事によって、その人物の生き様を演じることが出来るようになる。

ここに述べた事は特別なことではない。

俳優によって直感的に理解して直感的に表現するか、時間と労力を注ぎ込んで理解にいたるか である。

深い人間理解なしに良い演技は期待できない。

セリフの言い回しをやめて、そのセリフを言わしめるものを探そう。

ZEN

せりふは如何に




講演会の参加者の質問の多くに、台本に書かれたセリフを如何にいうべきか?と言う質問が多い。

あまりにも初歩的な問題でビックリさせられる。

身近に居る人々を観察すればいい。
人は誰でも感じたこと、考えたことを言葉にする。

その辺の畑を耕してるおばーちゃんでも
「今日はいい天気だねー。富士山が綺麗だねー、ありがたいねー」
と考えたこと、感じたことを言葉にする。

アクターズ スタジオのメンバー達は、誰一人セリフの言い回しなど気にしない。

ここでは、暖かく良いお天気であり、美しい富士山の姿であり、健康で長生きして居ることへの感謝である。

俳優の仕事は、役の人間を理解し、役の考えや役の体験を理解して、初めて言葉で表現する事になる。

セリフは覚えて忘れろと言われる。

相手のセリフによって自分のセリフを思い出し投げかける。

人間の生きざまをよく観察したらいい。

相手に投げかける言葉を点と丸で切ったりしない。



文章でこれらのことを説明するのは、非常に難しい。

ZEN

瞬発力の訓練について

3月のワークショップには、実習の時間に予定していた、瞬発力の訓練をやった。

殆どの俳優訓練は、できたかどうかではなく、自分が全力で、それぞれの課題に立ち向かったかどうかが問われる。

俳優は、観客の視線を浴びて、自分自身を曝け出さなければならない。

一瞬の戸惑いがその俳優本来の輝きを失う事になる。


感じたことが、なんの抵抗もなく、あるがままに表現されることが要求される。

人間社会では、その場で感じたこと、考えたことを表現するのに警戒心や思わくの為、常にブレーキがかかる。

人間が相手に伝えたいと思った事柄や、想いに習慣的にブレーキがかかるので、軋んだ表現になり、真意が伝わりにくくなる。


一般に表現力が弱いと言われる。

自分の感情や考えが、伝わりにくいと感じて悩んでいる俳優が多いと思われる。

この問題を解決しようと、試行錯誤して見つけた解決方法が瞬発力の訓練です。


訓練を言葉で説明するのは困難ですが、僕の合図で、爆発的に椅子から立ち上がって、大きな声と共に大の字のポーズをとります。

(ここで大切なことは、何をするかを予見しない、構えない、身体をリラックスさせて、頭を空にしておく。)

よくあるタイプですが、グテグテしていて、いつも不満そう。
俺は関係ないという態度をとる人がいます。

この一瞬の瞬発力のエクササイズで、前向きで力強く、明るく輝き、強い意志を持った人間に変容するのを目の当たりにして驚かされます。

この瞬発力の訓練を、参加者が、自分の真の姿と出逢うため、実践したいと思っています。


ZEN



20年前のゼミ生からのメッセージ

ゼン先生へ

いつも気にかけて頂きありがとうございます。...

今、月に一回、お会いできる機会を作って頂き、心から感謝しています。


ゼミに通い始めた頃の私は自信がなく、警戒心が強く、別に友達なんていらないし、、と虚勢を張って、そのくせ心の奥底では嫌われたくないと不自然な明るさでぐちゃぐちゃでした。

自分の魂と表面が混沌とした状態で、偽りの自分に自分で気づかずSOSを出しまくっていたのだと思います。

『あんたは、あんたのまんまで良い!』


その言葉に救われ、気がついたら泣いていました。


それ程、気付かない内に自己否定していたんですね。

表面的な明るさにメスを入れ、全ての感情にokを出す。


エクササイズやシチュエーションを通して沢山の事に気づきました。

ゼン先生に出会っていなければ、今の幸せはありません。感謝です!


100億でも寄付したいです😁

でも、そんなに持ってないので、クラスに参加します😁


今後ともよろしくお願いします!


愛と、感謝を込めて。


Y.O


我々俳優はエンターティナー


スタニスラフスキーは言っている。

「我々俳優は、まず初めにエンターテーナーだと心すべき」
だと。

特に若い人たちは、若さが売り物。
明るく生き生きと生命力に溢れていて、あなたがやって来ると、場が明るくなるよう努めるべきだと思う。

自分がどう思われるかなんてもってのほか

若さいっぱい、自意識フリーの美しい歩き方、ほほ笑み、人々に対する気配り、思いやり、相手が誰であっても、あなたに会えて嬉しいと言う自己の感情を高め、その感情が、常に相手に伝わるよう鏡に向かって訓練しよう。

鏡に映った自分が、自分を喜ばせるまでに。

自分がどう思われるかなどに関わらないで、人々を喜ばせることに努めよう。

あなたは若さが売り物、明るさ生き生きさが、あなたのキャリアを築いていく。

若々しく自然で美しい態度、隅々まで神経の行き届いた思いやり。

あなたは、
「俳優」
そして
「エンターテーナー」



ZEN

2019年7月26日金曜日

アクターズスタジオ オーディション







人間は、死力を尽し全力でなにかに立ち向かった時、神からの授けものインスピレーションがやって来るのだと思う。


インスピレーションと云えば、私ごとになるが、昔ニューヨークに住んでいた頃の話。
ザ・アクターズスタジオのオフィスから、最終試験を受けるように言われた。
(最終試験に招待される俳優は滅多になく、スタジオの永い歴史上、合格したのは二人だけだと言われる)
普通最終試験にたどり着くのに4,5年掛かるのに、冗談でなく試験日の3日前。
(これまでに、スタジオで演出と演技を評価されたのが要因だと思う。当時、年間1,000人以上の受験者の内、最終試験の合格者は1人か2人)
YES、と言って、今、考えると無謀にも一歩前に出た。


相手役には、当時の雑誌の表紙に、彼女の美しさは心の美しさと紹介された北欧の美人アルバが、協力してくれた。
(スタジオには美人が少ない。一切容姿で取らないから。マリリン・モンローとアルバは例外。)
3日間のリハーサルは無残。
何1つ掴めないまま過ぎてしまった。


当日、僕は、不安から試験の5、6時間前に行ってしまい、スタジオの片隅でジット蹲っていた。


アルバが巫女のように僕の前に立ちはばかり、興奮した他の俳優達が僕に話し掛けるのを防いでくれた。


無味乾燥な時間が刻々と過ぎて行った。


徹底して追い詰められた。苦しかった。

その時ふと、ある考えが浮かんだ。


僕は、何故、ここで、こんなに苦しんで待っているのだろう。
勿論試験を受ける為だ。
しかし、僕の演じる役は、何故、こんなに苦しんで待っているのだろう?と。

そこから、想像力に火がついた。


(僕が、演じる役は、映画『さよなら』からの歌舞伎俳優の役だ。)


役の世界に入り込んで、自分と役がひとつになって行った。

役、つまり僕は、先週、これが芸術のあるべき真の姿だと確信して新しい形を舞台で表現した。
上司達は其れが気に入らなかったらしい。
今日は給料日、上司は(審査員)は、一人一人名前を呼び、呼ばれた者は、2階のホールに上がって行く。
ほおら、又一人降りてきて,また一人呼ばれて上に上がっていく。
僕は幹部俳優なのを知っているのに、彼らは延々と僕を待たしている。
3時間も、4時間もだ!
役の人間としても、僕自身としても、こんな所に1分も居られない。
ドアーを蹴破って出ていって二度と戻る気はない!
しかし、妻が病気で入院している。
今日どうしてもお金を持っていかなければ!



僕の想像力は、高く、遠く羽ばたいていった。


その当時までには、かなりの演技力を体得していて、一生に一度か二度しか体験した事のない、深い悲しみの感情を、意識的にこの場で起させることが、出来るようになっていた。
その事件に集中し始めると、直ぐさま強烈な感情がやってきた。


(前々からストラスバーグに、ゼンは非常に強い感情を持っていると、指摘されていた。僕が怒りを爆発させると、7、8人の屈強な男たちが舞台の外へ逃げて行くのを何度も経験した。不思議に思った。俳優は命なんか要らないやと思わなければ相手を動かせないと思っている。)


その感情を確かめる為に、ふっと息を吐くと胸が焼け、ドラゴンが火を噴いているようだ。

普通このような激情をキープできるのは15分だと言われる。
しかし、僕の名前が呼ばれるまで、30分以上待たなければならない。
苦しかった。感情が消えてしまわないようじっと耐えつづけた。

名前を呼ばれ階段を駆け上がった。


「ゼン・ヒラノ」と叫んだのを今も記憶している。


想像のドアを両手で横に押しひらくとニューヨークの僕のアパートの黄色味がかった床がみえた。


(プライベイト モーメントと云う訓練のお陰で、自分以外に誰もいないと云う感覚がやってきた。)


ドアを閉めた。
自分の部屋で一人きりになった。

この数時間、胸に溜め込んだ怒り、悲しみ、挫折感を着ているものを剥ぎ取って床に叩きつけて、叫び声と共に、一気に吐き出した。


腸のあたりに激痛が走って、体が静かに床に沈んでいった。
(この痛みはその後一週間続いた。)
あゝ、これで、試験は終わったなと静かに思った。



その時、スタニスラフスキーの言葉を思い出した。
「舞台は演ずるために行くのではない。戦うために行くのだと。」

また、ストラスバーグは、
「怖いと思ったら一歩前にでろ!  それがゴーサインだ。」
と。



痛みに耐え全身の力を込めてユックリと立ち上がった。

天が与えてくれたインスピレーションの大波の真っ只中に身を置いていた。
たとえ一万人の競争相手がいたとしても僕がトップだと確信した。

このようなインスピレーションがやってくると、不思議な意識の分裂を経験する。
夢中になって演技している役の自分と、それを何処か高いところで見守っている自分がいる。
後者の自分が
「ゼン・お前のダンスで鍛えた美しい身体を使って、想像した鏡の前に立ち、ダイナミックなポーズを見せてやれ!  これがアートだ叫んで審査員達を喜ばせてやれ!  彼等は芸術が大好きだから。」


「次は机の所に飛んで行け。拳を固めて叩いて挫折感を演じろ。彼等は又、採点するぞ。」
と。



俳優の自分は、全力をあげて、役の人生を誠実に、真剣に生きているのに。

挫折してぶざまに、醜態をさらけ出し、ボロボロになった男を、いつのまにか、戸口に立った北欧の美女が静かにジーとこちらを見ている。
又、審査員の同情を買って採点されている。涙を誤魔化す為、隈取り用のハンカチを探したが、係りが、置き場所間違えた為、僕は必死になって探した。


舞台で実生活と同じレベルで行動できるのは稀なる幸運だ。
又、採点される。
夢中に役を演じながら同時にどこで採点されるかをすべて知っていた。
「ゼン、サンキュー」の声がして演技を終えた。

十数人あまりの審査員が、こちらを見ている。


戦いは終わった。何か、とめどなく悲しい気持ちがした。



オーディションは二度と受けないと思った。


待合室に降りて行くと、二人ほど審査員が興奮気味に駆け下りてきて、
「もう少し待っていれば、ストラスバーグから直接話があるだろう」
と言われた。



しかし、荷物をまとめ、何か、もの悲しい気持ちで、ひとり暗闇のニューヨークの街に消えて行ったことを記憶している。




そして、僕は教師の道を選んだ。



いま、考えるとメンバーになったことで、大きく人生の方向が変わって行った。



怖いとと思ったら一歩前に出よう! 


それがGOサインだ。それがあなたの人生を変える。





ZEN