~第11話~
僕は、スタジオで素晴らしい演技をやった事もあったし、お話にならない酷い時もあった。
(アクターズスタジオは、いい演技を見せるところではなく、自分では、解決できない演技上の問題を提起する場所ではあるが、余りにも酷い演技を見せるワケにはいかない)
今も、心に残っている場面がある。
バーバラ ・カーヴィントン。
彼女を初めて見たのは、スタジオで、ゴミ袋を抱えた浮浪者を演じて、地下鉄の電車の中で中で、神様と話をする場面だ。
凄いの一言、本当に神様がそこにいると思わされた。
彼女は中年の黒人で才能は一級品、
エリア・カザンが、『メディア 』の舞台で主役として抜擢した。
ある日、彼女が僕に近ずいて来て三島由紀夫の『葵の上』を二人でやろうと、ボソボソと話しかけて来た。
彼女は
「三年前から思っていた」
と言った。
早く声をかければいいのに。
よくそうゆうことがあった。
僕と演技をするのをどうゆう訳かためらうらしい。
ぼくはとても、ハンサムで気が優しいのにと思っていたのだが。
今、考えてみると、こちらから、演技をやろうと話しかけたことは一度も無い。
さて、スタジオでストラスバーグに見せたのだが、二人とも酷い演技で紋切り型もいいところ。
演技をしながら彼女に近づいて、つぶやき声で、
「バーバラこの辺でやめちゃおうか?」
「ゼン、それはちょっとまずいんじゃない。兎に角最後までやりましょうよ。」
と。
ストラスバーグが、我々の演技について何と言ったか記憶はないが、彼が、日本の文化、歴史、芸術等について素晴らしいスピーチを披露した。
スタジオで初めて経験したことだが、ストラスバーグに対して拍手でクラスを終えた。
お話にならないほど酷い演技だったのに僕らはとても幸せだった。
三年経った。
又、バーバラがやって来て
「ゼン、もう一度、葵の上をやってみようよ。」
と。
物語は確か、葵の上が病気で光源氏を呼び寄せるシーン。
看護婦の長く、素晴らしいモノローグがある。
僕は光源氏、天から呼び寄せられたという設定。
天から呼び寄せられ、人間離れした、動きを要求される。
(僕には当時、ダンスで、特に、太極拳と、ストラスバーグの個人のクラスで鍛えた五感の記憶がある。)
今、天から舞い降りてきたという印象を観客に伝える必要がある。
下界に降りて来て突然人間たち(メンバーたち)に遭遇した驚きをジェスチャーで表現し、急いで病院に駆けつけるのを、そして森の中で、あたりがだんだんと暗くなるのを、寒くなるのを全て、舞台の一点に留まって、からだの動きのみで表現した。
五感の記憶で森の中を、寒さを、暗さを実感する。
クラスに発表するという前日、(二人きりのプライベートなリハーサルなのに)ひとりの男性が入って来た。
驚いたことに
エリア・カザンである。
次回に続く。
ZEN