2018年3月25日日曜日

ザ・アクターズスタジオと恩師リー・ストラスバーグの思い出


~第12話~

(前回より続く)
 

バーバラとたった二人のリハーサルに
エリア ・カザンが顔を出した。

彼は、
ザ・アクターズ・スタジオの創設者の一人で、
『波止場』『エデンの東』の作品で、
マーロン・ブランド
ジェームス ・ディーンを輩出した
アメリカNO、1の演出家
と云われた。

当日の夜は、
ニューヨークは雪が深く積もって、
彼は自宅から
1時間半かけてやってきたと云う。

約20分位の場面で、
我々の演技を彼に披露したが、
リアリティーも何もあったもんではない。

ひどい演技。

あまりにもひどい演技だったので、
無感覚。

彼がなんて言おうが気にも止めなかった。

彼は、2,3回指先で拍手してから言った。

「自分は教師でないので、コメントは控えさせて貰う」
と。

そして、彼は消えた。

翌日、
『葵の上』をメンバーに見せる事になった。

僕に大きな発見があった。

カザンのお陰だ。

彼に最低の、最悪の演技を見せたお陰だ。

とことん追い詰められて、
自分の演技に
何が足りないか
気付かされた。

それは強烈な感情だ。

それは病の妻を気遣う
いたたまれない感情だ。

「感情の事はまかしておけ!
スタジオの誰にも負けない強い感情を持っている。
ストラスバーグのお墨付きだ。
時々、命が危ないと想うほどの感情だ。」

シーンは
僕の強烈な感情と共に
スタートした。

不安と心配で、
胸が張り裂けそうな感情を抑えて
病院に駆けつける。

舞台の一点で、
マイムでジェスチャーで、
森の中を駆けつける動作の中に、
焦燥感を、寒さを、
刻々と迫る暗さを
表現していった。

ストラスバーグに教わった
五感の記憶、
マイケル・チェーホフの
心理身体訓練、

そして、
ダンスで鍛えた肉体を
フルに使って
この物語を表現した。

想像上の巨大なドアーを押し開け、
妻のベットに駆けつける。

実際にベッドがあるだけだが、
右手で彫刻家のように
足の方から妻の体を撫でるようにして
形づくり最後に抱きしめる。

一息ついて
タバコを吸うシーンがあるが、
煙までを
手のひらの動きで
表現した。

この僕の一連の動きが
バーバラを刺激し、
長い独白を
綿々とメンバーに
訴えかけた。

僕は
その独白の内容に従って、
怒りを、
悲しみを、
挫折感を、
愛を
自分の人生体験から
引き出して
嵐のように
荒れ狂い表現を
全うした。

僕らは
芸術をやりたかったんだ。

二人とも
ひたすら
魂の表現に打ち込んだ。

人の評価など
一切気にならなかった。

その日のインストラクターは、
多分エレン ・バースティンだった
と思うが、
立ち上がって、
「これが芸術だ!」
と言ったのを記憶している。

そのあと
近くのレストランに行ったが、
バーバラは、
嬉しくて、嬉しくて
子供のようにはしゃいで、
まるで宙を舞ってるようだった。

今、
この中年の小肥りの黒人
バーバラの
満面の喜びを思い出して、
涙を禁じ得ない。

ZEN