2018年8月19日日曜日

第19回 メソード演技訓練の実際


訓練
センソリーウォーク
五感の記憶
強い痛み


自分自身が人生で体験した強い痛みを再体験してみる。

怪我、骨折、頭痛、腹痛等人生で体験した強い痛みを、今この場で再体験する訓練である。

(この強い痛みをを人前で実際に再体験出来ることは、俳優の資質を問われる大きなアドバンテージだと言われる。~ストラスバーグより~)

僕は、ストラスバーグの特別の許可を得てメンバーの前で強い痛みのエクササイズをやったことがある。

(アクターズスタジオはエクササイズは、持ち込み禁止)

デモンストレーションと銘打ってやるからには、どうしても出来させる必要がある。

勿論、何回も訓練して、強い痛みをメンバーたちの前で体験して見せる必要がある。

メンバー達も人生で体験した同程度の強い痛みを、指定された時間と場所で何度も繰り返し体験する能力を持っている人は、殆ど皆無。

訓練の素晴らしさ、必要性は、いつ、何処でも、何度でも繰り返し体験できることだ。


僕の人生での痛みの体験は、右足の脛の骨を二本とも、折った経験だ。

多分、小学校5,6年の時のことだった記憶している。
空襲で焼け出され、田舎の知り合いを求め、転々と疎開先を渡り歩いていた頃。
栄養失調でげそげそに痩せこけていたのだと思う。

当時、疎開先の田舎の学校で台潰しという遊びがあって、背を丸めて踏ん張っている栄養失調の僕をめがけて、田舎の大男がぼくを潰すために飛び込んできた。
脆くも倒れたぼくの右足に別の大男が尻餅をついた。右足の脛の骨が二本とも折れた。
知らせを聞いて教師が飛び込んできて「ヒラノ、大丈夫か!」と叫んだ。
僕は、即、立ち上がって敬礼し「大丈夫です」と大声で答えてぶっ倒れた。
軍国主義たけなわの頃だった。


僕の痛みはその時のことではない。

僕は、リヤカー(粗末な鉄製の手押し車)に乗せられて病院に運び込まれた。
病院で治療を受けて数日後、医者が骨のつき具合がおもしろくない、もういっぺん外して、やり直すと言われた時である。

その時の強烈な痛みを、再体験するために舞台に向かった。

デモンストレーションなので、出来ないわけにいかない。

抑圧の中、心身のリラックスに心掛け、注意を骨の折れた箇所に静かに、ピンポイントを捜し求めて集中していった。

痛みを再体験するのは誰も望まない。

これは、俳優の仕事だ。

体験の芸術だ。意志の力で深く、静かに当時の一点を目指して注意を集中していった。

今回、時間がかかった。

15分ほどして、当時の情景と共に、あの強烈な痛みが僕を襲った。

叫び声をあげた。やり遂げた。

叫んだ。俳優の勝利の叫びだ!

これらの五感の記憶のエクササイズは、得意、不得意があって人によって容易に出来てしまうこともある。

決められた時間と場所で繰り返して、出来る事を俳優は要求される。

痛い振りをしないで、痛みを体験できたら想像された世界に生きる事になる。

是非やってみて欲しい。

この痛みは五感の記憶の痛みなのでヤメようと思えばいつでもストップできる。


なんの映画か忘れたが、
マーロン・ブランドが、手を潰され、真夜中にひとり、桶に水を張って拳を浸し、ジーと耐えていた。
たった数秒のシーンだが、彼が一晩中痛みに耐えていたのだろうと、強く印象に残っている。


ZEN