世界の名門
ニューヨーク
ザ・アクターズスタジオの
最終試験
体験談
~五感の記憶の訓練の必要性について~
人間は、死力を尽し全力で何かに立ち向かった時、神からの授けもの、インスピレーションがやって来るのだと思う。
インスピレーションと云えば、私ごとになるが、昔ニューヨークに住んでいた頃の話。
僕の演出、演技を買われ、ザ・アクターズスタジオのオフィスから、突然、最終試験を受けるように言われた。
最終試験に招待される俳優は滅多になく、スタジオの永い歴史上、無名の俳優が合格したのは僕以外、皆無だと言われる。
普通、最終試験にたどり着くのに4,5年掛かる。
アル・パチイノーやデ・ニーロもメンバーになるのに、4,5年かかっているし、ハーヴェイ・カイテルは10年かかったと、自分で言っている。
ストラスバーグは、彼たちが、毎年受けるたびに演技力を向上させて言ったと言っていた。
それなのに、冗談でなく、僕の場合は、試験日の3日前。
(これまでに、スタジオで僕の演出と演技を高く評価されたのが要因だと思う。当時、年間1,000人以上の受験者の内、最終試験の合格者は年間にわずか数人)
YES、と言って、無謀にも一歩前に出た。
相手役には、当時の雑誌の表紙に、彼女の美しさは心の美しさと紹介された北欧の美人アルバが、協力してくれた。
(スタジオには美人が少ない。一切容姿で取らない。)
そして、雨続きの3日間のリハーサルは無残。
何1つ掴めないまま過ぎてしまった。
当日、僕は、不安から試験の5、6時間前に行ってしまい、スタジオの片隅でジット蹲っていた。
アルバが巫女のように僕の前に立ちはばかり、興奮した他の俳優達が僕に話し掛けるのを防いでくれた。
無味乾燥な時間が刻々と過ぎて行った。
徹底して追い詰められた。
どうしても役に入る糸口が見つからなかった。
苦しかった。
その時ふと、ある考えが浮かんだ。
「僕は、何故、ここで、こんなに苦しんで待っているのだろう。勿論試験を受ける為だ。しかし、僕の演じる役は、何故、こんなに苦しんで待っているのだろう?」
と。
そこから、インスピレーションがひらめき、想像力に火がついた。
僕が、演じる役は、映画『さよなら』からの俳優の役だ。
この、ひらめきから、徐々に役の世界にもぐりこんで行って、自分と役がひとつになって行った。
役の人間、つまり僕は、先週、これが芸術のあるべき真の姿だと確信して、新しい形を舞台で精一杯表現した。
しかし、上司達は其れが気に入らなかったらしい。
今日は給料日、上司は(審査員)は、一人一人名前を呼び、呼ばれた者は、2階のホールに上がって行く。
ほーら、又一人降りてきて,また一人呼ばれて上に上がっていく。
僕は幹部俳優なのを知っているのに、彼らは延々と僕を待たしている。
4時間も、5時間もだ!
役の人間としても、僕自身としても、こんな所に1分も居られない。
ドアーを蹴破って出ていって二度と戻る気はない!
想像力は僕を、役の世界に引きずり込んで行く。
しかし、今、妻が病気で入院している。
今日どうしてもお金を持っていかなければ!
僕の想像力は、高く、遠く羽ばたいていった。
その当時までには、かなりの演技力を体得していて、一生に一度か二度しか体験した事のない、深い悲しみの感情を、五感の記憶の訓練で、意識的にこの場で起させることが、出来るようになっていた。
エクササイズの中でNO、1「感情の記憶の訓練」
その事件に集中し始めると、 日ごろの訓練のお陰で、一生に一度体験した悲劇的な事件に注意を向けると、直ぐさま強烈な感情がやってきた。
( 前々からストラスバーグに、ゼンは 非常に強い感情を持っていると、指摘されていた。僕が怒りを爆発させると、7、8人の屈強な男たちが舞台の外へ逃げて行くのをこれまでに何度も経験していた。不思議に思った。俳優は命なんか要らないやと思わなければ相手を動かせないと思っている。)
そして、その感情は訓練のお陰で即、やってきた。
その、一生に一度か二度、実生活で経験した煮えたぎる感情を確かめる為に、ふっと息を吐くと胸が焼け、ドラゴンが火を噴いているようだ。
(この感情の記憶の訓練は、メソード演技の最重要課題と言われ、はじめは、この強烈な感情がやってくるのに、1時間程掛かるが、それを3分以内に起こるよう訓練する。)
普通このような激情をキープできるのは15分だと言われる。
しかし、僕の名前が呼ばれるまで、30分以上待たなければならない。
苦しかった。
感情が消えてしまわないようじっと耐えつづけた。
この感情がいまだに、燃えたぎっているかどうかを確かめるため、時々、唇をすぼめふーと吹いてみた。
大丈夫だ !
涙がこぼれる。
名前を呼ばれ階段を駆け上がった。
「ゼン・ヒラノ」と叫んだのを今も記憶している。
想像のドアを両手で横に押しひらくと、ニューヨークの僕のアパートの黄色味がかった床が見え、誰一人いない自分の部屋だと確信した。
エクササイズ「プライベイト モーメント」と云う訓練のお陰で、審査員を前にしても、自分以外に誰もいないと云う感覚がやってきた。
想像のドアを閉めた。
想像の自分の部屋で一人きりになり、深い孤独感に襲われた。
この数時間、一階の部屋の片隅で、胸に溜め込んだ怒り、悲しみ、挫折感を、着ているものを剥ぎ取って、叫び声と共に、床に叩きつけて強烈な感情を一気に吐き出した。
腸のあたりに激痛が走って、体が静かに床に沈んでいった。
動けない。
( この痛みはその後一週間続いた。)
激痛で動けない。
あゝ、これで、試験は終わったなと静かに思った。
しかし、その時、スタニスラフスキーの言葉が脳裏に閃いた。
「舞台は演ずるために行くのではない。戦うために行くのだ!」
と。
また、ストラスバーグは、
「怖いと思ったら一歩前に出ろ! それがゴーサインだ。」
と。
痛みに耐え、全身の力を込めてユックリと立ち上がった。
天が与えてくれたインスピレーションの大波の真っ只中に、身を置いていた。
たとえ一万人の競争相手がいたとしても僕がトップだと確信した。
このようなインスピレーションがやってくると、不思議な意識の分裂を経験する。
夢中になって演技している役の自分と、それを何処か高いところで見守っている自分がいる。
後者の自分が
「ゼン・お前のダンスで鍛えた美しい身体を使って、想像した鏡の前に立ち、ダイナミックなポーズを見せてやれ! これがアートだと叫んで審査員達を喜ばせてやれ! 彼等は芸術が大好きだから。」
「ゼン、次は机の所に飛んで行け。拳を固めて叩いて挫折感を演じろ。彼等は又、採点するぞ。」
役の自分は、全力をあげて、役の人生を誠実に、真剣に生きているのに。
生まれて初めて、不思議な意識の分裂を経験した。
挫折してぶざまに、醜態をさらけ出し、ボロボロになった男を、いつのまにか、戸口に立った北欧の美女が静かにジーとこちらを見ている。
又、審査員の同情を買って採点されている。
涙を誤魔化す為、隈取り用のハンカチを探したが、係りが、置き場所間違えた為、僕は実際に、必死になって探した。
舞台で実生活と同じレベルで行動できるのは稀なる幸運だ。
又、採点される。
夢中に刻々と真剣に役を演じながら、同時にどこで審査員が、採点するかをすべて知っていた。
「ゼン、サンキュー」
の声がして演技を終えた。
十人あまりの審査員が、こちらを見ている。
戦いは終わった。
何か、とめどなく悲しい気持ちがした。
どんなオーディションも二度と受けないと思った。
待合室に降りて行くと、二人ほど審査員が興奮気味に駆け下りてきて、「もう少し待っていれば、ストラスバーグから直接話があるだろう」
と言われた。
しかし、僕は、荷物をまとめ、何か、もの悲しい気持ちで、ひとり暗闇のニューヨークの街に消えて行ったことを今でも記憶している。
そして、僕は教師の道を選んだ。
いま、考えるとメンバーになったことで、大きく人生の方向が変わって行った。
怖いとと思ったら一歩前に出よう!
それがGOサインだ。
それがあなたの人生を変える。
今回、ここでみんなに伝えたいのは、千人に一人の最終試験で何故3日で合格したかである。
当時 、たまたま、偶然に、僕の意思に反して、他人に引っ張りこまれ、アクターズスタジオに見学者として、連れ込まれた。
演劇の世界に全く無知であった。
そして、生まれて初めて一女性から「ゼン!五分でいいから、雪国を演出してくれ」と強引に頼まれ、演出のえの字も知らなかったのに、演出させられて、今度は、アイディアが止まらず1時間以上になりアクターズスタジオでは皆無のスタンディング オーベーションにあったり、当時、著名なチャック ・ゴードンが、やってきて、二人で組んで、「ダム、ウエーター」のギャングの役をやり、演技を絶賛されてたりした。
しかし、メンバーになりたいと思いもしなっかた。
あの時は、何が何だか断る理由も見つからず、アクターズスタジオの最終試験を受ける事を同意した形になった。
合格して、翌日のクラスで、ストラスバーグが、僕をメンバーのみんなに紹介したときに、
「ゼンはメンバーになった意義を自覚していないだろう」
と言っていた。
ありがたいとも思わず、全く何のことか自覚がなかった。
では、他の俳優達が、何年もかけてやっとメンバーになるのに、なぜ、3日で受かったのだろう。
ここに、声を大にして伝えたいことがある。
ストラスバーグの俳優の基本訓練法の最重要課題をマスターしていたからだ。
スタニスラフスキーからストラスバーグに受け継がれた俳優訓練『五感の記憶』を1年間で完璧にマスターしていたからだ。
ひとつは五感の記憶の重要課題の一つに、「プライベート モーメント」である。
舞台に上がって、他人の目をいかにシャッターアウトできるかだ。
このエクササイズは、ストラスバーグの貴重な、偉大なる発見だと思う。
彼は、ひとの目を一切気にしない場所はどこかと考えた。
自分の部屋であると。
頭で考えるのではなく五感の記憶で自分の部屋を信じられるまで、徹底して訓練してみようと決心した。
街を歩いている時も「オートバイで大陸横断している時も」何時も自分の部屋と一緒にいた経験を思い出す。
この公開の孤独と呼ばれる アプローチは、自分の人に見せたくない事を人の前で、やってみれば、成功したかどうか、すぐわかる。
僕はこの訓練の成否をアクターズスタジオのメンバーの前で確かめてみたかったために、素っ裸になってみた。
自分の部屋だと確信した。
(99パーセント。100パーセントだったら病院行きだ)
なんの抵抗もなかった。
アクターズ スタジオ歴史上、素っ裸にになれたのは、僕が初めてだと言われた。
嬉しかったと思う一方、終って恥ずかしいと思った。
でも僕は芸術に身を捧げている。
ストラスバーグに対する恩返しだ。
(アクターズ・スタジオでは、このような基本的訓練は、一切やらない。彼の個人のクラスのみ)
最終試験の舞台に上がったときに、自分の部屋の黄色い床が見え、生まれて初めての最終試験なのに、何の抵抗もなかった。
大勢の審査員が見えているのに、何の抵抗も無く怒り、悲しみ、挫折感を、そして、自分の全てをさらけ出すことが出来た。
スタニスラフスキー、ストラスバーグの発見したもう一つ最重要なエクササイズは、「感情の記憶」である。
自分の過去人生で一度か二度体験した悲劇的な感情を(通常40分かかると言われるものを、訓練によって1分までに縮る)思い出す訓練だ。
僕は時間をかけて これもマスターしていた。
メソードアクティングは、感情の記憶とも言われる。
ストラスバーグは言った。
「我々の訓練はオールド ハット、つまり、使い古された帽子だと言われる事もある。しかし、我々は演劇の本流泳いでいるのだ。」
ストラスバーグは40年間、アクターズスタジオのクラスに一度も遅刻しなかった。
彼の演劇に対する情熱に、当時を思い出して、熱いものが込み上げてくる。
NY ザ アクターズ・スタジオ
正会員
ZEN HIRANO
全15種類ある五感の記憶のエクササイズを、ミユキとともにビデオに収録して、後世に伝えたいと思っている。