2019年9月16日月曜日

センソリーウォーク №5

~五感の記憶の訓練を後世に残す~
№5


前回、長々とアクターズスタジオのオーディションの模様をお伝えしたのは、
メソード アクティングの五感の記憶の重要性を認識してもらう為です。

特に、ストラスバーグ存命中、普通何年もかけて第一次試験、第二次試験、第三次試験をパスしなければ、メンバーになれないのに、僕の才能を認められたと思うが、異例の最終試験の3日前の特別招待の通告で、スタジオのメンバーになれたのには、ハッキリとした理由があります。

いくら、才能があり演技力があると言っても、試験のその日、その場で、試験官の前で演技力を見せなければ、メンバーにはなれません。


それには、才能と、その才能を決められた場所と時間に開示出来る能力を獲得する、確かな技術を必要とします。


その方法とは、ストラスバーグが、俳優の訓練方法として生涯に渡り提唱してきた五感の記憶(センソリーウォーク)です。


オーディションの当日、僕は二つのセンソリーウォークを意識的に駆使しました。


感情の記憶とプライベートモーメントです。


感情の記憶とは、自分の人生体験で強烈な感情(愛する人を失うとか、命の危険に曝されるとか)を五感の記憶を使って思い出し感情を爆発させるのです。


この場で、そのアプローチを詳しく説明するのは困難ですが、確実にその感情を思い出すのに、40分かかりますが、訓練を重ねて1分まで縮めることができるようになります。


大変難しく聞こえますが、教師が実際に集中力をガイドすれば、誰でもできるようになります。


最終試験当日僕がもう一つ、使った技術は、プライベートモーメントで、公開の孤独と言われるものです。


多くの俳優たちが、観客の視線に負けて集中力を失います。


この訓練は、頭で知っている自分の部屋を目の前に置き、自分以外に誰もいないと確信するまでやるのです。


正しい方向で練習すれば、誰でも取得出来ます。



多くの俳優たちがセリフをいかに話すかに時間をかけていますが、我々の演技に対する姿勢は、「セリフは覚えたら忘れろ。相手のセリフで思い出せ」と言われ、でなければ人生を反映できません。


演技とは、「リハーサルはなかった。今、目の前で物事は刻刻と起きている」という、幻想だと言われます。


セリフの言い方を練習すればするほど、生きた演技から離れていきます。



今、20程ある五感の記憶の訓練を、一年かけてマスター出来るよう、ここ河口湖で合宿クラスを開催し、生徒の、その訓練過程をビデオに収め、世界に向けて発信したいと考えています。


スタニスラフスキー、ストラスバーグと受け継がれた、正しい演技訓練を絶やすわけにはいきません。


この目的を実践するための具体的なプランは次回に。


ストラスバーグ曰く。
「我々はオールド ハット(時代遅れ)と言われるかもしれない。しかし、我々は、本流を泳いでいるのだ!」


 ザ アクターズ・スタジオ
正会員
ZEN HIRANO

2019年9月15日日曜日

センソリーウォーク №4

~五感の記憶の訓練を後世に残す~
№4
体験談
アクターズ・スタジオ オーディション


人間は、死力を尽し全力で何かに立ち向かった時、神からの授けものインスピレーションがやって来るのだと思う。

インスピレーションと云えば、私ごとになるが、昔、ニューヨークに住んでいた頃の話。

ザ・アクターズスタジオのオフィスから、突然、最終試験を受けるように言われた。

(最終試験に招待される俳優は滅多になく、スタジオの永い歴史上、合格したのは僕を含めて二人だけだと言われる)

普通最終試験にたどり着くのに4,5年掛かるのに、冗談でなく僕の場合、試験日の3日前。

(これまでに、スタジオで演出と演技を評価されたのが要因だと思う。当時、年間1,000人以上の受験者の内、最終試験の合格者は1人か2人)

YES、と言って、今、考えると無謀にも一歩前に出た。

相手役には、当時の雑誌の表紙に、彼女の美しさは心の美しさと紹介された北欧の美人アルバが、協力してくれた。

(スタジオには美人が少ない。一切容姿で取らないから。マリリン・モンローとアルバは例外。)

試験の為の3日間のリハーサルは無残。

何1つ掴めないまま過ぎてしまった。


試験の当日、僕は、不安から5、6時間前に行ってしまい、スタジオの片隅でジット蹲っていた。

アルバが巫女のように僕の前に立ちはばかり、興奮した他の俳優達が僕に話し掛けるのを防いでくれた。

無味乾燥な時間が刻々と過ぎて行った。徹底して追い詰められた。苦しかった。

その時ふと、ある考えが浮かんだ。

「僕は、何故、ここで、こんなに苦しんで待っているのだろう。勿論試験を受ける為だ。しかし、僕の演じる役は、何故、こんなに苦しんで待っているのだろう?と。」

そこから、想像力に火がついた。

僕が、演じる役は、映画『さよなら』からの歌舞伎俳優の役だ。

しかし、なぜこんなに苦しんで、待っているのだろう?

その答えを模索し続けていると、役の世界に入り込んで、自分と役がひとつになって行った。

先週、僕(役)はこれが芸術のあるべき真の姿だと確信して、新しい形を考案し、舞台上で強い衝動に駆り立てられて衝動の赴くまま、思いっきり表現した。

上司達は其れが気に入らなかったらしい。

今日は給料日、上司は(審査員)は、一人一人名前を呼び、呼ばれた者は、2階のホールに上がって行く。

ほおら、又一人降りてきて,また一人呼ばれて上に上がっていく。

上司は、僕が、幹部俳優なのを知っているのに、彼らは延々と僕を待たしている。

4時間も、5時間もだ!

想像に火がついた。

役の人間としても、僕自身としても、こんな所に1分たりとも居たくない。

ドアを蹴破って出ていって二度と戻る気はない!

しかし、妻が病気で入院しているのだ!

今日どうしてもお金を持っていかなければ・・・・!

僕の想像力は、高く、遠く羽ばたいていった。

その当時までには、かなりの演技力を体得していて、一生に一度か二度しか体験した事のない、深い怒りと悲しみの感情を、意識的にこの場で起こさせることが、出来るようになっていた。

(感情の記憶、フィーリングリベレイション)

その事件に集中し始めると、直ぐさま強烈な感情がやってきた。

(前々からストラスバーグに、ゼンは非常に強い感情を持っていると、指摘されていた。僕が怒りを爆発させると、7、8人の屈強な男たちが舞台の外へ逃げて行くのを何度も経験している。不思議に思った。俳優は命なんか要らないやと思わなければ相手を動かせないと思っている。)

その感情を確かめる為に、ふっと息を吐くと胸が焼け、ドラゴンが火を噴いているように、火山が爆発しているように強烈な感情の燃え上がりを感じた。

普通このような激情をキープできるのは15分だと言われる。

しかし、僕の名前が呼ばれるまで、30分以上待たなければならない。

苦しかった。感情が消えてしまわないようじっと耐えつづけた。

そして、名前を呼ばれ階段を駆け上がった。

「ゼン・ヒラノ」と自分の叫んだのを今も記憶している。

舞台に上がり、想像のドアを両手で横に押し開くとニューヨークの僕のアパートの黄色味がかった床がみえた。

(プライベイト モーメントと云う訓練のお陰で、自分以外に誰もいないと云う感覚がやってきた。)

僕はニューヨークの自分の部屋に一人でいると実感した。

想像のドアを閉めた。

自分の部屋で一人きりになった。

このプライベートモーメントとゆう訓練は、審査員たちが見えているのに自分以外に誰もいないという不思議な体験をする。

この数時間押さえ込みつづけ、胸に溜め込んだ怒り、悲しみ、挫折感を、着ているものを剥ぎ取って床に叩きつけて、叫び声と共に、一気に吐き出した。腸のあたりに激痛が走って、体が静かに床に沈んでいった。

動けなかった。

(この痛みはその後一週間続いた。)

あゝ、これで、試験は終わったなと静かに思った。


その時、スタニスラフスキーの言葉を思い出した。
「舞台は演ずるために行くのではない。戦うために行くのだ」と。

また、ストラスバーグは言った
「怖いと思ったら一歩前に出ろ! それがゴーサインだ。」と。


痛みに耐え全身の力を込めてユックリと立ち上がった。

天が与えてくれたインスピレーションの大波の真っ只中に身を置いていた。

たとえ千人の競争相手がいたとしても僕がトップだと確信した。

このようなインスピレーションがやってくると、不思議な意識の分裂を経験する。

夢中になって役の人生を誠実に、刻々といきている役の自分と、それを何処か高いところで見守っている自分がいる。後者の自分が
「ゼン・お前のダンスで鍛えた美しい身体を使って、想像した鏡の前に立ち、ダイナミックなポーズを審査員たちに見せてやれ! これがアートだ!と叫んで審査員達を喜ばせてやれ! 彼等は芸術が大好きだから。」

又、採点されるぞ。

「次は机の所に飛んで行け。拳を固めて叩いて人生どん底の挫折感を演じろ。彼等は又、採点するぞ。」と。

俳優の自分は、全力をあげて、役の人生を誠実に、真剣に生きているのに。

意識が完全に、二つに分裂していた。生まれて初めて、俳優の芸術の何かを体験した。

挫折してぶざまに、醜態をさらけ出し、ボロボロになった男を、いつのまにか、戸口に立った北欧の美女が静かにジーとこちらを見ている。又、審査員の同情心を買って採点されている。

涙を誤魔化す為、隈取り用のハンカチを探したが、係りが、置き場所間違えた為、僕は必死になって探した。本当に探した。それは、舞台で実生活と同じレベルで行動できたと言うのは稀なる体験だ。

又、採点される。

夢中に役を演じながら同時にどこで採点されるかを僕は、すべて知っていた。

「ゼン、サンキュー」の審査員の声がして演技を終えた。

十数人あまりの審査員が、こちらを見ている。


戦いは終わった。何か、とめどなく悲しい気持ちがした。

オーディションは二度と受けないと思った。

待合室に降りて行くと、二人ほど審査員が興奮気味に駆け下りてきて、
「もう少し待っていれば、ストラスバーグから直接話があるだろう」
と言われた。

しかし、荷物をまとめ、何か、もの悲しい気持ちで、ひとり暗闇のニューヨークの街に消えて行ったことを記憶している。

そして、僕は、教師の道を選んだ。


ZEN HIRANO

2019年9月14日土曜日

センソリーウォーク №3

~五感の記憶の訓練を後世に残す~
№3


例えば、自分の部屋は誰でも思い出せる。

部屋の広さ、床にはどんな絨毯が敷いてあって、どんな家具が置いてあって、窓の位置 、大きさ、そして、その窓から、いつも何が見えるか、テレビや電気スタンド、壁に掛けられた絵、等々誰でも思い浮かべる事が出来る。

頭では・・・


その頭で思い浮かべたものを「目の前に置く」のが、俳優にとって、自分以外に誰もいない「公開の孤独」と言われる最重要な技術の一つです。

楽器、歌手、ダンサー、スポーツの分野でミスすれば、たちどころにわかり嘘をつけない。

俳優は、ごまかしが効く。

嘘をつく。

愛してもいないのに「愛してる」と言い、パニックになっているのに平静な顔を装う。

つまりごまかしが効く。

多くの俳優たちは、カメラや観客の前に立つと緊張する。

やるべき事に注意を集中できない。

その結果、大袈裟な身振りをしたり、丸暗記したセリフをさも感じているように口にする。

そこで、俳優は観客の視線からフリーになる必要がある。

歌舞伎俳優のように、毎日、舞台に立って、5,6年するとリラックスするかもしれない。

我々は、訓練によって短時間にこの問題を解決する事が出来る。

スタニスラフスキーが、公開の孤独、ストラスバーグが、プライベート・モーメントと言っているアプローチです。

ストラスバーグは、人が他人の目を気にしないのは何処だろうと考えた。

自分の部屋に一人でいる時だ。

自分の部屋は、だれでも簡単に思い出せる。

その思い出したものを、頭の中のイメージを目の前に置いてみよう。

このプライベート ・モーメントと感情の記憶の二つの訓練は、ストラスバーグが考案した最重要訓練だと確信している。

次回は、僕が この訓練をマスターしたことで、何が起こったかをお伝えしたいと思っている。

ZEN HIRANO

2019年9月13日金曜日

センソリーウォーク №2

~五感の記憶の訓練を後世に残す~
№2


「五感の記憶が真の演技に導く」

多くの俳優が具体的な演技術を持っていない。

例えば強い痛み激痛だ。

それも、俳優は決められた時間と場所で毎回起こす必要がある。

(痛いふりは誰でもできる)

具体的な話になるが、
僕は、アクタースタジオで 、激痛のエクササイズを公開したことがある。

スタジオではエクササイズは禁止。

僕は、ストラスバーグの訓練の素晴らしさをメンバーたちにデモンストレーションし、刺激したいと思って、五感の記憶、強い痛みのエクササイズをストラスバーグの特別の許可を得てデモンストレーションした。

この強い痛みは、現実に体験したのと同等のレベルまでに持ってくことを要求される。

自分で、何回も訓練を重ねたので自信はあった。

当日、大勢のメンバーを前にして痛みのエクササイズに入った。

僕は、小学校5,6年の頃家を焼かれ、田舎の小学校に疎開していた頃、休み時間に台潰しとゆうゲームがあって、栄養失調でヒョロヒョロの僕の体をめがけて3,4人の田舎の屈強な男たちが、僕をめがけて飛び乗って来た。

右足の骨を折って崩れ堕ちた。

教師が駆けつけてきて
「平野大丈夫か!」
と叫んだ。

僕は当時の軍隊式の訓練を受けていたので立ち上がって、
「大丈夫です」
と敬礼し、ぶっ倒れた。

あの強烈な痛みは体のどこかに記憶されている。

人間には五感の記憶がある。

一旦その痛みはを肌で思い出せば、強烈な痛みを再体験でき舞台で体験の芸術を表現できる。

又、その痛みを必要に応じて、体のどの部分にも移行して使える事が出来る。

スタジオでの当日は、舞台に上がってからスタートさせたので(エクササイズのアプローチを見せるために)10分ほどかかったが、当時経験した強烈な痛みがやってきた。

本番では最初から傷みをこしらえておいて、必要になった瞬間、必要な場所に手を当てて、解き放てばいい。

(殆どの俳優は痛いふりをする)

映画で、一つ僕にとって、強い印象に残っている場面がある。

なんの映画か覚えていないが、マーロン・ブランドが、こぶしを潰され真夜中に一人桶に水を張ってこぶしを浸し、じーっと痛みに耐えていた場面が僕の脳裏に焼き付いている。

僅か数秒の場面だったが、五感の記憶の強い痛み訓練によって、彼のレベルに到達できると確信している。

この痛みを含めて、俳優訓練としてストラスバーグが確立したセンソリーウォークを後世に伝えたいと決心している。

17・8あるセンソリーウォーク(五感の記憶)を実際に生徒を参加させ
一年かけて生徒の成長過程をビデオに撮って、プロブェッショナルな作品に仕上げ、まず、アメリカで販売したいと思っている。

ZEN HIRANO

2019年9月12日木曜日

センソリーウォーク №1

~五感の記憶の訓練を後世に残す~


マイケル・チェーホフは、
演劇は感情の王国だ
と言っている。


『神との対話』に
「感情は最初の思考であり、純粋な思考だ。感情は言葉にならない思考だよ。何かについて「語る」ことなしに、たくさんの事を伝える。感情は魂の言語なのだ」
と書かれている。

(あなたが、誰か大切な人を失った時、深い感銘を受けた時、言葉を失う。)

俳優は、決められた時と場所で 、役が要求される真の感情を起こさなければならない。

想像力によって実際の感情を呼び起こさせなければならない。

唯一、真の感情を操れるのは、想像力だ。

我々俳優の場合は、この生きた感情を表現しなければならない。

言葉やセリフは、感情の説明であって、感情そのものではない。

多くの俳優は感じたふりをする。

感情の説明の演技をする。

我々メソード・アクターは、体験の芸術といわれ 、感情を演じるのではなく、実際の感情を五感の記憶や想像力によっておびき寄せる。

それも、決められた場所と時間に起こさなければならない。

この体験の芸術を実現させるために、スタニスラフスキー、ストラスストラスバーグ の基本的訓練が必要と言われる。

それが、五感の記憶の訓練である。

僕には、今やるべき事がある。

ストラスバーグがスタニスラフスキーの遺産を受け継いで、現代に適応出来る俳優の訓練方法【五感の記憶、センソリーウォーク】をビデオに残し、アメリカをはじめ、世界に発信したいと決意している。

10年以上かけてストラスバーグに密着し、このセンソリーウォークを完璧にマスターしたのは、僕しかいない。

僕が、今この仕事を引き受けなければ、この偉大なる遺産が途絶えてしまう。

僕やみゆきがデモンストレーションするのみではなく、この五感の記憶を通して俳優たちの成長過程を時間をかけて、収録し後世に残したいと考えている。

2019年9月9日月曜日

偉大なる芸術について

『神との対話』という本に次の文句が書かれていた。

「感情は最初の思考であり、純粋な思考だ。感情は言葉にならない思考だよ。何かについて語ることなしに、たくさんの事を伝える。感情は魂の言葉だ。」
と。

僕の人生で、この言葉を経験した事がある。

ローマに行き、サン・ピエトロ寺院のミケランジェロのピエタ像の前に立った時、深い感動と畏敬の念とともに身動き出来なかった。

言葉を失った。

母親が生まれたばかりの赤子抱いた時、太陽がギラギラと輝きながら水平線に沈んでいく時、深い感情におそわれる。

沈黙を強いられる。

カルーソーや、サルビーニ、ドゥーザが人々の沈黙を強いる感情を与えたと聞いている。

俳優として、人生一度でいいから、
ブラボーでなく
観客に沈黙を強いる演技ができたら役者冥利につきることだろう。


ZEN

ロボットは感情を持てない

最近テレビで、A、iの番組がよく出てくる。

異常な進歩を遂げているので、ロボットが、エンターテイメントの分野まで入り込んで来ると思っている。

歌ったり、踊ったり、演技したりして、その辺の俳優よりもエンターテイメント性を発揮して観客を惹きつける様になると思っている。

しかし、ロボットは人間の感情を持てない。

喜怒哀楽を持てないし、恋に落ちることは出来ない。

想像の世界で真の感情を、決められた場所と時間で、それも繰り返して表現し得る真の俳優のみが、生き残る事が出来ると思っている。

演劇・演技とは、マイケル・チェーホフが言っているように「感情の王国」だ。

感情を持っている振りをするなら、あなたはロボット俳優だ!

ロボットは、想像力を持てない。

感情を持てない。

これからますます、色々な分野で人々は、ロボットに、仕事を奪われていく。

想像の世界で人間の真の感情を持ち、それを表現出来得る俳優のみが生き残れると思っている。

今回、河口湖のスタジオで1日クのラスを開くことにした。
一度でいいので僕に会いに来て欲しい。

お互いに情熱を燃やし、将来に向けて俳優としての意識を高めたいと強く願っている。


ZEN