2018年3月16日金曜日

第57回『神との対話』に魅せられて



最近、僕のワイフ、ミユキが、斉藤ひとりさんという人が、
「こんなことを、言っている」
と僕の書斎に入ってきて、やや、興奮気味に話しかけてきた。

彼 の言葉を一言聞いて、
この人は、神の使いメッセンジャーだと直感した。

(メッセンジャーというと、何か物々しい人物を想像するかもしれないが、『神との対話』に、その辺の浮浪者かもしれないし、コメディアンかもしれないし、商人かもしれないと、書かれていた。)

いつも思い出すのだが、松下幸之助さんが、
「商人は、神の使いである」
と言っていたのには、驚かされた。

ここにあるものを、あちらの無いところに運び、ここに無いものをあちらからお運びする役目だと。
確かに、神に使いだ。

世界的に評価されている本を色々読んだが、素晴らしいと思っても、
斉藤さんの言葉ほどユーモアに富み、そう言われれば、そのとうり、納得。
やってみようかなと思わせるものは、少ない。

ミユキが入って来て、斉藤さんが、
「ツイテル、ツイテルと、となえろ」
と。

『神との対話』に書かれたことを、我々庶民に非常に解りやすく、
実生活で実行可能な方法を語りかけていると思う。

例えば
「ツイテル、ツイテル」
を1日に何回も、何回もとなえろと指示していると云う。

雪道で転ぼうが、財布を無くそうが、
税金の支払いに追い込まれようが、
たとえ病で死ぬ事になっても、(人より一足先に天国にいけるから)
「ツイテル、ツイテル」
といいつづける事だと。

『神との対話』に
「有難いと云う感謝の言葉は、あなたを救う、世界を救う」
と書かれている。

僕の知人に84歳になる松葉杖をついて人助けのために
、夜行バスに乗って人の心と体を癒やす為に何処へでも、
出かけていく女性がいる。

彼女を見ていると「有難い、有難い」を連発する。

「脚が悪くなければ、今の境地に達しられなかった」
と言っていた。

ハンデを負った事で感謝をしている人達は大勢いる。
これらの人達はみんなツイテルのだ。

斉藤さんの素晴らしい ところは、
実生活で鍛えた経験と実績、
人間の心を動かす直感力、
そして、神に対する深い信頼だと思う。

「ありがとう」
と云う言葉は、
あまりにも耳慣れして実感がともないにくいし、
心を込めて言わなければと云う負担を感じることもある。

「ツイテル、ツイテル」
と云う言葉は、自分自身に向けた言葉なので責任感からフリーだ。

この言葉は、
人間の潜在的意識を刺激し、
自然発生的に感謝の気持を引出し、
宇宙の肯定的波動を呼び寄せるのだと思う。

どうゆう訳か、かれの名前も知らなかったし、かれの本やビデをも見たことがない。

みゆきが、僕の部屋に入ってきて、斉藤さんが
「ああ言ってた、こう言ってた。」
言いにくるので、それで充分、
「へー、スゴイね、オドロイタ」
と口にし、楽しくなる。

斉藤さんは、
それぞれが抱えている問題の解決策を即、実行可能、呆れるばかり世間的な方法で提示する。

『神との対話』に、人に何かを勧めるとき、
「これこれは真実だと言うな」
と言っている。

客観的真実は存在しない。

常にその人の主観が入ると。

そこで、僕は、
「斉藤さんは、素晴らしく面白くて、為になると僕は思うけど、あなたはどう思う?」 
と。

斉藤ひとりさんは、ひとの心を動かす天才なのかな?

神の使い、メッセンジャーであることはまちがいない。

ZEN