2018年5月10日木曜日

ザ アクターズ・スタジオと恩師ストラスバーグの思い出



~第15話~


僕にとって、アクターズ・スタジオでの強く印象に残ってる演技経験がある。

ある日、チャック・ゴードン(脚本家、演出、演技。戯曲部門でビューリッア賞を獲得している。)が僕のアパートにやって来て、
「二人でプレーをやって、ストラスバーグを喜ばしてやろう。」
と言って、ピストルを渡された。

チャックから警官に見つかるなと言われたが、渡された拳銃を役づくりのために毎日持ち歩いた事を覚えている。

選んだ作品はハロルド・ピンターの作品 『ダムウエイター』

二人のギャングの殺し屋が、地下室に閉じ込められて、上からの指令を待っている。

いつ、誰からか、どんな指令がくるか全く知らされていない。

兄貴分の僕の役は緊張に耐えてジーッと待っている。

弟分のチャックの役は、苛つきを抑えられない。

リハーサルに入って僕がセッティングについて、二つのベッド、洋服ダンス、暖炉、ソファーの位置を指示すると、
「いや、セッティングはこうあるべきだと!」
と自分の主張を譲らなかった。

彼の好きなようにやらせておいた。

リハーサルをどうやったかは記憶にない。

前日の夜、僕は丹念に体を洗い、爪を切り髪を整え、世界に3人しかいないと言われた、背広づくりの名人のひとりノーマン・ブルックにこしらえてもらった背広を纏い、一分の隙のないキャラクターに変身して言った。

翌日、本番になってストラスバーグの『ダムウエイター』というタイトルの宣言と共にシーンはスタートした。

シーンが始まるや否やソファーに座ってた僕は、
「チャック大変だ。こっちにきてくれ!」
と低い声で呼びかけた。

訳もわからず駆けつけて来た彼に言った。

「チャック、ピストルを家に置いて来てしまった。おまえのピストルを見せてくれ!」

彼は何が起きたか見当がつずにピストルを僕に手渡した。

そのピストルをスタジオのメンバー全員に見えるように、ユックリと頭上に差し出し、
「素晴らしい銃だな!返して欲しいか?」
と言いながら全ての弾を抜き窓の外にほうりなげて、そのピストルを返した。

そして、彼に静かに言った。

「この部屋のアレンジが気に入らない。俺の言うとうりにつくりかえろ。」
と。

チャックは絶対に嫌だと噛み付いて来た。

僕は、おもむろにソファーの間に隠していた拳銃を取り出し彼の額に突きつけ
「変えろ!」
と静かに言った。

以前から、ストラスバーグに指摘された僕の気性の激しさがある。

みんな、僕が衝動に従って、次に何をやるかわからないと思うらしい。

彼は全ての家具を汗ダクになりながら、僕の思うとうりに配置換えした。

緊迫した雰囲気のなかで、プレイは淡々と進んでいった。

この戯曲には、有名なシーンがある。

僕が
「ヤカンに火をつけろ」
と手下のチャックに言うと、彼は
「ヤカンでなくガスに火を点けるだろ?」
と言ってくる。

僕は怒って
「ヤカンに火をつけるんだ!」
と睨みつけて言った。

もし、相手が一言でも文句を言ったら、額をぶち割ってやる。

赤い血が流れて綺麗だろうなと何時も思う。

99パーセント投げ込んでも、1パーセントの意識があれば、実際に殺さなくて済むと言われる。

脇にあった折りたたみのパイプ椅子を掴むと、彼の体スレスレのところを目指して投げつけた。

彼は顔面蒼白、2階のスタジオを駆け抜けて階段を駆け下り一階に逃げて行った。

後を追い襟元を掴んで、ステージに引きずり戻し、殺した。

そのようにして、プレイは終わった。

ストラスバーグが突然立ち上がって
「ここに、プロデューサーがいたら、ゼンは主役だ!」
と興奮して言った。

この様なストラスバーグの個人的な言動は後にも先にも誰も聞いたことがない。

その年の最高の演技だとメンバー達も言っていた。

チャックは、床に座り込んで、ストラスバーグに
「ゼンが怖くて、怖くて次に何をしていいかわからなかった」
と伝えた。

ストラスバーグは
「チャックの描く戯曲は結末がはっきりしすぎる。たまには、わからないのがいい。」
と言っていたのを今でも記憶している。

ZEN

(注、インプロビゼーションについて。 戯曲に書かれた人物、人間関係、状況、出来事、リアリティーをより深く理解するために、書かれたセリフ通りにリハーサルをやらない。このようにして戯曲の本質に近づいていく。)

2018年5月4日金曜日

俳優を目指す若者たちへ


あなたはどうして俳優になりたいのだろう?

自分では、良く分からないけど、どうしても俳優になりたいとしたら、
それは、魂の要求で自分の魂を磨き、自分自身を高めたいという要求。

是非突き進んだらいい。

もし、俳優になりたいという要求が、有名になりたいであるなら、
やめたらいいと思う。

今世で、自分を高めたい、魂を磨きたいという人間の本来の要求に反し、挫折するからだ。

でも又、挫折するのも良いのかもしれない。

本当の自分、自分の魂の要求に気づくチャンスになるかも知れない。

アクターズ・スタジオの連中を観ていると、アル・パチーノは朝5時起き、デ・ニーロは、役のためにタクシー ドライバーになったり、ハーヴェイ・ カイテルは、メンバーになるために10年も試験を受け続けた。

普段、みんなニコニコして いるが、強いエネルギーが伝わってくる。

70歳を過ぎてもこれらの俳優は、自分の演技を高めることに余念がない。

いつも、言われることだが、
才能があっても努力が無ければものにならないし、
努力があっても才能が無ければものにならないとい言う。

ここまで、まとまりのないグダグダした事を書いて来たが、
具体的な訓練方法として、アカデミー賞をもらった俳優の演技を、毎晩一本ずつ観つづけることだ。

TVのお宝とか言う番組で500万円だと思って、20年も大切に持ち続けたのが、5000円だと言われることがある。

俳優も同じく演技を見て、偽物を本物だと思い込んだら致命症だ。

真実に対する感覚を高めるのが俳優の仕事だ。


良い俳優の特筆は、
1)「リハーサルは無かった。今初めて起きている」という感覚。

2)考えられれば生きられる。人生では考えて言葉にする。殆どの俳優はセリフの記憶を言葉 にする。

3)感じたこと、考えたことが、自然のコースを通り、目に表れやすい。

4)想像の世界に生きることが喜び。

5)幻想を信じる力が強い。演技とは信じることだ。



これらの点に考慮して何百回もノミネートされた映画を観れば、あなたの中に真実に対する感覚が芽生えてくる。

この訓練を続ければ、俳優がスクリーンに表れた瞬間、どのレベルの俳優か解ってくるし、そして自分の演技のレベルも解ってくる。


ZEN

2018年5月3日木曜日

第59回『神との対話』に魅せられて




『神との対話』に
「目覚めているとは、生き方を選べる状態だ」
と書かれてある。


ということは、
多くの人は、目的もなく、意識もなく、パターン化した人生をひたすら歩いているのかも知れない。

夢遊病者の様に。

演劇で役づくりに、
いつ、どこで、誰が、何を、いかにしたかをはっきりさせろと言われる。


これを今、目覚めて生きるアプローチとして、現在の自分に当て嵌めてみる。

1)いつ?
今日。
久し振りにみゆきと交代で車を運転し、10数年振りに親友に会いに東京へ出かけた。
友人の1人は、杉の子の理事長、小澤さん、もう1人はスペインクラブのオーナー松井さん。
二人に会えて本当に嬉しかった。
美しいスペインの調度品に囲まれての現地調達の料理が次々に運ばれ、幸せな、心から楽しい時間を共にした。
変わらぬ友情の有難さをしみじみと味わった1日だった。

2)何処で。
自分の二階の勉強部屋で。
猛烈な勢いで宇宙のどこかの方向にすっ飛んでいる地球上の日本と呼ばれる小さな島国の一角、河口湖と呼ばれる富士山の麓、600坪の敷地に各階100坪の三階建の二階を徹底改造して、みゆきと二人だけで住んでいる。
庭は7,8本の桜が満開。
春を迎えて緑を増し今、改めて見回して心から感謝。

3)誰が?
僕、ゼン・ヒラノが。
恩師ストラスバーグに出会え、アクターズ・スタジオのメンバーになれ、教師として熱い想いで人生を歩んで来られた。
ここ数年間、何もしないで過ごしてきたが、人々それぞれの素晴らしさ、能力を気付かせ成長させると云う仕事に再び従事したいと決心している自分がいる。
多くの人の触れ合いの場所、喜びの場所にしようと。

4)何を?
『神との対話』を読んで、目覚めて生きるとはどうゆうことかを考えさせられている。
生活がパターン化し、何時もその日の気分や健康、雑事に気を取られ、太陽が輝き、青い空、鳥が囀り、花が咲き、猫がすり寄ってくるこの奇跡の地球に生命を与えられて生かされている自分に気付きを与えている。

5)いかにしたか?
椅子に座って、鏡に向かい
「ゼン!目覚めて生きろ。」
と語りかけている。



ゼン・ヒラノ

2018年5月2日水曜日

ザ・アクターズスタジオと恩師リー・ストラスバーグの思い出



~第14話~

当時、ストラスバーグの息子のジョンのワイフ に頼まれて、ブレヒトの作品の一場面を二人で演じることになった。

ブレヒトのプレイで、僕の役は失業したパイロット。

公園で自殺する場面である 。

舞台上で、公園を感じる為にセントラルパークに何度も、何度も通った。

公園は広いスペースだ。

歩くと落ち葉が、ガサガサと音を立てる。

大きな木、小さな木、いろいろな種類の木が点在している。

当日、舞台に上がった時に、僕は人気のない公園に立っていた。

と同時に、メンバー達全員が僕を見つめているという分裂している意識もあった。

僕の中に強い決意があった。

この場で、絶対に死んでやる。

メンバー達全員が一生忘れないような、素晴らしい死に方を見せてやると決心した。

ヒコーキが音を立てながら公園の上空を横切る。

「あいつらパイロットは、賄賂を使って飛んでいる。チクショウ! 絶対に死んでやる。思い知らせてやる!」

先ず、首を吊るにふさわしい美しい樹を見つけなければ!

ダンスで鍛え、太極拳で鍛えた身体に、五感の記憶で習得した能力の全てを動員して、想像上のロープを目指した枝に向かって高々と投げつけた。

スタジオのホリゾントのレンガ塀を駆け登って、ロープの輪に首を突っ込んだ瞬間、枝が折れた。

地面に叩きつけられた。

「チクショ ー!絶対に死んでやる」
と大声で叫びながら、ロープの輪に首を引っ掛けたまま、二本の木の幹にロープを廻し、片足を大地に、片足を幹に踏ん張って、全身の力でロープを引っ張って死のうとした。

どんな事をしても死にたかった。

(舞台で生きるのは、いつも命がけ)

そこに相手役の娼婦が、にやにやしながら
「あんた、何しているの?」
とセリフを投げかけ、近づいてくる。

僕は、相手を手招きして引き寄せ、いきなり抱きしめ、キスして地面に突き飛ばした。

(このことは、リハーサルでいっさい彼女に知らせてなかった。ショクを与えて
リハーサルを忘れさせ、今に、生きる為だ。)

地面に突き飛ばされた相手役は、ショックを受けて、全てのセリフ、全ての行動は正当化され、二人とも役の人生を刻々と生き始めた。

絶望感、疲労感、寒さ、雨の冷たさ等、すべてが肌を通して蘇り、肌を通して体験した。

これを人々は体験の芸術と呼ぶ。

二人の演技は川のように流れて行った。

僕の役は疲れ果てて、彼女の膝で眠りにつく。

相手役の最後のセリフ
「雨が止んだわ」
の一言で、シーンは終わるのだが、その一言がいつ迄たっても出てこなかった。

俳優として舞台で生きるという至福を、いつ迄も味わっていたかったのだろう。

ZEN

2018年4月12日木曜日

俳優を目指す若者たちへ



今回もリラックスの話になるが、3.4
歳の子供を見ると感動する。

泣いたり、笑ったり、怒ったり、瞬時に現れる。

(映画等で、子役が素晴らし演技をしている。)

年齢を重ねるにつれ、周りから、ああしてはいけない、こうしてはいけない、社会に適応するためにと、自分が感じた事を抑えるよう教育される。

何かを感じると、
自動的にブレーキがかかり表せなくなる。

問題は、
表したくても表せなくなる。

そして、
あなたらしさを失っていく。

俳優訓練とは、
感じた事、表したい事を表せるようにする訓練だ。

(ブレーキをかける訓練は必要ない。永年社会で訓練されているのでかけたい時はいつでもかけられる。)

ある俳優が、それほど才能に恵まれていないのに、なかなか良い演技をしているな、と思う時はリラックスがいいことが多い。

よって、まず、俳優がマスターすべきは、リラックスの問題だと言われる。

「一階を先ずしっかりと建てないと二階三階と積み上げられない」
とストラスバーグが口癖のように言っていた。

リラックスで、もう一つ大切なことがある。

メンタルの緊張を解くことだ。

心理的な緊張をフリーにすることだ。

首から上をリラックスさせること。

先ず、目。

生活のほとんどを目に頼っているので緊張しやすい。

そしてこめかみ。
ブルーナーブと言って色々な神経が交差している場所で本を読んだりしてつかれると、無意識に指で揉んだりする。

次に、顎と口。
考えた事をオートマチックに言葉にする。
又、考えた事を即座にブレーキをかける。
緊張しやすい場所。

そして首。
重い頭を一日中支えて、脳に通ずるあらゆる神経系統等通っていて、非常に緊張しやすい。

まず、みんなが、やってみることは、自分の身体の何処に緊張があるかを見つけ、その箇所を緩まるように動かし、声を出して緊張を外に開放し、緩んだかどうかを必ずチェックすることだ。

具体的な訓練を言葉にすることは難しいが、とにかく工夫しながらやって見てください。

ZEN

ザ・アクターズスタジオと恩師リー・ストラスバーグの思い出



~第13話~

僕は、俳優になりたいと思わなかったので、スタジオ以外で演技をしたことがない。

しかし、一度だけ例外がある。

NYに、引退した俳優達のクラブハウスがあって、そこの劇場で演じたことがある。

老俳優を喜ばすために是非、協力してくれと言われて、20人ほどメンバーが駆り出された。

現在、そのプレイの記憶が殆ど無いが、フランスのプレイで、法廷シーン。

ひとりひとり名前を呼ばれて立ち上がるのだが、フランス語の名前でややっこしくて、うっかり、すっかり自分の役の名前を忘れてしまった。

20人ほどの陪審員が名前を呼ばれて、ひとりひとり立ち上がっていく場面があり、自分の役の名前を忘れてしまって、冷や汗もの。

名前を呼ばれる度に、手に汗をにぎって用心深くまわりを見回し、椅子の肘掛を握りしめて中腰になる。

何回も、何回も同じことを繰り返し、緊張のシッパナシ舞台で、此れほど苦しい思いをしたことがない。

やっと解放されて楽屋で一休みしていると、ぼくの知り合いの女性が、
「ゼンに、是非会いたい」
と言う有名な批評家がいるから連れてきたと言った。

彼曰く、
「ゼン、舞台で本当に生きていたのは、あんた一人だけだ、感動した。」
と言って握手を求めて来た。

確かに、舞台で息が詰まるほど生きていた!

しかし、理由を説明する訳にはいかない。

ストラスバーグに教わった。

「褒められたらつべこべ言うな。相手の目を見て握手し熱い想いで、Thank Youと一言言えと。」

ぼくは、握手し熱い想いで
「Thank You」
と言った。

次の日、同じ舞台で別のプレイを演じることになった。

どんなプレイだったか全く覚えていないが、ぼくの役は舞台の中央に置かれた丸テーブルに小さなガラスの花瓶に入った花を、舞台の中央に置かれた丸テーブルの上に置くと言う場面だ。

長年ダンスをやっていたので、格好をつけて何回か回転しながら花瓶をテーブルにポンと置いた瞬間、力を入れ過ぎて花瓶が割れてしまった。

その花瓶がないとドラマが進行しないので、下手の舞台裏に飛び込んで、
「花瓶、花瓶があるか、花瓶が欲しいんだ!  探してくれ!」
と声を抑えて叫んだ。

誰かが言った。

「上手にあるはずだ。」

観客の視線を一斉に浴びて、舞台を突っ走って横切った。

花瓶を手渡され、舞台を踊りながらテーブルに近づき格好をつけて花瓶をテーブルの中央に用心深く軽やかにポンと置き、ポーズをとった。

思いがけなく観客席から一斉にすごい拍手。

(ストラスバーグは言っていた。舞台でこのような偶発的なことが起こると、劇場の雰囲気がいっぺんに変わり、次に何が起こるだろうと、期待と好奇心で異様な雰囲気が高まると。)

ホット一息ついていると、また、例の批評家が現れて、
「ゼン、舞台で本当に生きていたのは、あんた一人だけだ。感動した。」
と。

僕は、又、熱いまなざしを向けて握手し
「Thank You」
と云った。

ZEN

2018年4月8日日曜日

俳優を目指す若者達へ



リラックスについては、
以前の俳優を目指す若者達へで述べているので、参考にしてほしい。
↓↓↓

人は他人の視線を感じると緊張しやすい。

例えば、お風呂に入ってリラックスしているところに、誰かが入ってくれば緊張する。

繰り返す事となると思うが、
リラックスとは何かを知りたければ
緊張とは何かを知ればいいと言う。

緊張とは不必要な力だ。

ただ、立っているのに、
脚を踏ん張ったり、
肩をいからせたり、
奥歯を噛み締めたりする必要はない。

緊張には二種類ある。

小さい時から習慣的に強いられて持ち続けている緊張と
困難な事態に直面して一時的に起こる緊張だ。

100メートルを10秒切る選手や
ボクシングで互いに殴り合っている選手を見て
「今日は、リラックスが、いいですね!」
と言われる。

リラックスは、
何かと知りたかったら
緊張とは何かを知ればいい。

緊張とは、
余分な力で不必要な力だ。

不必要なものは、
不必要だ。

特に俳優は、
人の前に立つ。

非常に緊張しやすい状況に置かれる。

解決策は?

自分の脳で命令して
緊張をとる能力を
身につける事だ。

観客の前で
準備体操をやったり、
ヨガをやったり、
一杯飲んだりするわけにいかない。

(一杯飲むと必ずいい演技をする。しかし、二週目には、二杯飲む事になり、アル中の道を歩む事になる事になる。)

俳優訓練の第一歩、
最重要課題は、
リラックスの訓練だ。

からだのどこが緊張しているか、
敏感になり、
脳で命令して瞬時に取り除く能力を身につける事だ。

リラックスが良いと、
集中力が高まるのみでなく、
表現力も高まる。

トップクラス俳優は
間違いなくリラックスがいい。

リラックスのアプローチを文章で説明することは難しい。

一人一人の緊張の場所も、度合いも、違うし、
一人一人の性格、
理解力に合わせて
ガイドしていく必要があるからだ。

ZEN