2018年5月12日土曜日

俳優を目指す若者たちへ


~アクターズ・スタジオ オーディション~

人間は、死力を尽し全力でなにかに立ち向かった時、神からの授けものインスピレーションがやって来るのだと思う。

インスピレーションと云えば、私ごとになるが、昔ニューヨークに住んでいた頃の話。

ザ・アクターズスタジオのオフィスから、最終試験を受けるように言われた。

(最終試験に招待される俳優は滅多になく、スタジオの永い歴史上、合格したのは二人だけだと言われる)

普通最終試験にたどり着くのに4,5年掛かるのに冗談でなく試験日の3日前のことだった。

(これまでに、スタジオで演出と演技を評価されたのが要因だと思う。当時、年間1,000人以上の受験者の内、最終試験の合格者は1人か2人。)

「YES」と言って、今、考えると無謀にも一歩前に出た。

相手役には、当時の雑誌の表紙に、彼女の美しさは心の美しさと紹介された北欧の美人アルバが、協力してくれた。

(スタジオには美人が少ない。一切容姿で取らないから。マリリン・モンローとアルバは例外。)

3日間のリハーサルは無残。

何1つ掴めないまま過ぎてしまった。



当日、僕は、不安から試験の5、6時間前に行ってしまい、スタジオの片隅でジット蹲っていた。

アルバが巫女のように僕の前に立ちはばかり、興奮した他の俳優達が僕に話し掛けるのを防いでくれた。

無味乾燥な時間が刻々と過ぎて行った。

徹底して追い詰められた。

苦しかった。

その時ふと、ある考えが浮かんだ。

僕は、何故、ここで、こんなに苦しんで待っているのだろう。

勿論試験を受ける為だ。

しかし、僕の演じる役は、何故、こんなに苦しんで待っているのだろう?
と。

そこから、想像力に火がついた。

(僕が、演じる役は、映画『さよなら』からの歌舞伎俳優の役だ。)

役の世界に入り込んで、自分と役がひとつになって行った。

役、つまり僕は、
先週、これが芸術のあるべき真の姿だと確信して新しい形を舞台で表現した。

上司達は其れが気に入らなかったらしい。

今日は給料日、上司は(審査員)は、一人一人名前を呼び、呼ばれた者は、2階のホールに上がって行く。

ほおら、又一人降りてきて,また一人呼ばれて上に上がっていく。

僕は幹部俳優なのを知っているのに、彼らは延々と僕を待たしている。

3時間も、4時間もだ!

役の人間としても、僕自身としても、こんな所に1分も居られない。

ドアを蹴破って出ていって二度と戻る気はない!
と言いたいが、 妻が病気で入院している。

今日どうしてもお金を持っていかなければ!

僕の想像力は、高く、遠く羽ばたいていった。

その当時までには、かなりの演技力を体得していて、一生に一度か二度しか体験した事のない、深い悲しみの感情を、意識的にこの場で起させることが、出来るようになっていた。

その事件に集中し始めると、直ぐさま強烈な感情がやってきた。

(前々からストラスバーグに、「ゼンは非常に強い感情を持っている」と、指摘されていた。僕が怒りを爆発させると、7、8人の屈強な男たちが舞台の外へ逃げて行くのを何度も経験した。不思議に思った。俳優は命なんか要らないやと思わなければ相手を動かせないと思っている。)

その感情を確かめる為に、ふっと息を吐くと胸が焼け、ドラゴンが火を噴いているようだ。

普通このような激情をキープできるのは15分だと言われる。

しかし、僕の名前が呼ばれるまで、30分以上待たなければならない。

苦しかった。

感情が消えてしまわないようじっと耐えつづけた。

名前を呼ばれ階段を駆け上がった。
「ゼン・ヒラノ」
と叫んだのを今も記憶している。



想像のドアを両手で横に押しひらくとニューヨークの僕のアパートの黄色味がかった床がみえた。

(プライベイトモーメントと云う訓練のお陰で、自分以外に誰もいないと云う感覚がやってきた。)

ドアを閉めた。

自分の部屋で一人きりになった。

この数時間、胸に溜め込んだ怒り、悲しみ、挫折感を着ているものを剥ぎ取って床に叩きつけて、叫び声と共に、一気に吐き出した。

腸のあたりに激痛が走って、体が静かに床に沈んでいった。

(この痛みはその後一週間続いた。)

あゝ、これで、試験は終わったなと静かに思った。

その時、スタニスラフスキーの言葉を思い出した。
「舞台は演ずるために行くのではない。戦うために行くのだ。」

また、ストラスバーグは、
「怖いと思ったら一歩前にでろ! それがゴーサインだ。」

痛みに耐え、全身の力を込めてユックリと立ち上がった。

天が与えてくれたインスピレーションの大波の真っ只中に身を置いていた。

たとえ一万人の競争相手がいたとしても僕がトップだと確信した。

このようなインスピレーションがやってくると、不思議な意識の分裂を経験する。

夢中になって演技している役の自分と、それを何処か高いところで見守っている自分がいる。

後者の自分が
「ゼン・お前のダンスで鍛えた美しい身体を使って、想像した鏡の前に立ち、ダイナミックなポーズを見せてやれ! これがアートだ叫んで審査員達を喜ばせてやれ! 彼等は芸術が大好きだから。」

「次は机の所に飛んで行け。拳を固めて叩いて挫折感を演じろ。彼等は又、採点するぞ。」

俳優の自分は、全力をあげて、役の人生を誠実に、真剣に生きているのに。

挫折してぶざまに、醜態をさらけ出し、ボロボロになった男を、いつのまにか、戸口に立った北欧の美女が静かにジーとこちらを見ている。

又、審査員の同情を買って採点されている。

涙を誤魔化す為、隈取り用のハンカチを探したが、係りが、置き場所間違えた為、僕は必死になって探した。

舞台で実生活と同じレベルで行動できるのは稀なる幸運だ。

又、採点される。

夢中に役を演じながら同時にどこで採点されるかをすべて知っていた。

「ゼン、サンキュー」
の声がして演技を終えた。



十数人あまりの審査員が、こちらを見ている。

戦いは終わった。

何か、とめどなく悲しい気持ちがした。

オーディションは二度と受けないと思った。

待合室に降りて行くと、二人ほど審査員が興奮気味に駆け下りてきて、
「もう少し待っていれば、ストラスバーグから直接話があるだろう」
と言われた。

しかし、荷物をまとめ、何か、もの悲しい気持ちで、ひとり暗闇のニューヨークの街に消えて行ったことを記憶している。


そして、僕は教師の道を選んだ。

いま、考えるとメンバーになったことで、大きく人生の方向が変わって行った。

「怖いとと思ったら一歩前に出よう! それがGOサインだ!」

それがあなたの人生を変える。


ZEN

2018年5月10日木曜日

俳優を目指す若者たちへ


今回、初めての試みとして2泊3日の短期合宿クラスを開く事になった。

みんなそれぞれの想いを持って、ここ河口湖にやってくる。

先ず、それぞれが人間の本来持っている明るさ、イキイキさ、笑顔を引き出し、何処に行っても場を明るくし、あの人といると楽しいと言われるような人になれるようにしていきたいと思う。

俳優はエンターテナー、人々を喜ばせるのが、仕事だから。

それだけでなく、笑顔、明るさ、イキイキさ、人々に対する感謝の気持ちが、キャリアを築くことになる。

この3日間、それぞれが、四六時中、鏡を持ち歩いて笑顔をこしらえ、少しでもお世話になった事を思い出し、又、現在の自分自身存在に対しても
「ありがとう!感謝しています!」
と明るく、声に出して言ってみよう。

それが、キャリアを築く一番の早道だから。

「感謝は、あなたを救う、世界を救う」
と言われる。

ザ、アクターズ・スタジオのトップクラスの俳優たちは、舞台に上がると鬼のような気迫の激しさだが、普段は誰に対しても優しい笑顔を絶やさない。

僕のワイフ、みゆきはその笑顔で、何処に行っても、誰にあっても人々に喜ばれる。

スタニスラフスキー曰く、
「困難なものを楽にできるように、楽にできるようになったものを習慣に、習慣を美しいものに。」
と言っている。

「あの俳優さん、笑顔が美しいねー」
と人々がいうのを耳にする。

みゆきにガイドしてもらおう。


そして、僕の仕事は、ザ、メソード アクティングの俳優の基本訓練、集中力とリラックス、五感の記憶、また、マイケル・チェーホフの俳優の肉体訓練を体験して貰い、将来に向かって正しい演技術に対する認識を高めて貰うよう努力しようと決意している。

ZEN


「俳優は認識とともに成長する。」
ストラスバーグ

第60回『神との対話』に魅せられて


ここ河口湖で合宿クラスはを始めることで、いろいろ考えさせられた。

『神との対話』の本に
教育という言葉は「引き出す」と云う意味であって、「押し込む」と云う意味でではない。真の教育はすべて、既にあるものを生徒から引き出す事だ。
と書かれてある。

「マスター」は、教えるべきものがすでにそこにあること、だから押しつける必要はないことを知っている。

「マスター」はただ、そこにあることを生徒に気づかせようと努める。

教えるとは、ひとが何かを学ぶ手助けをするのではなく、思い出す手助けをすることだ。

学習とは、すべて思い出すことであると。

つまり、教えるとは、何かを与えることではなく、思い出させることだ。

現在、40年間、教師としての過去を振り返かえってみて、一人一人の成長を願って、無我夢中になってやってきたが、生徒という人間に対する認識が足りなかったと、改めて思い知らされた。

人はそれぞれに完璧で、その完璧さを体験する為にこの世にやってきた。

たとえ、手足のないパラリンピックの選手でさえ自分の完璧さを知って喜びに満ちあふれ、輝いている。

教師の仕事は、それぞれの生徒が持つ、天から与えられた能力に気づき、その気づきを本人に伝えて、体験させ、表現に導くことにあると改めて認識させられた。

このことは、教師としての自分の人生に最重要課題として頭の片隅に置いて、仕事を続けていきたいと決意している。

一粒の種が、大木になるのに、誰かに教わる必要はない。

ただ、刺激が必要だ。

太陽や、雨風だ。

教師の仕事は、生徒一人一人が、天から与えられたそれぞれの素晴らしさに、気づきを与え、体験さるメッセンジャーの仕事だとあらためて認識させられた。

ZEN


ザ・アクターズ スタジオのストラスバーグからのメッセージ。
「人間本来の姿に立ち返り、あるがままの自分をあるがままに表現する。」

ザ アクターズ・スタジオと恩師ストラスバーグの思い出



~第15話~


僕にとって、アクターズ・スタジオでの強く印象に残ってる演技経験がある。

ある日、チャック・ゴードン(脚本家、演出、演技。戯曲部門でビューリッア賞を獲得している。)が僕のアパートにやって来て、
「二人でプレーをやって、ストラスバーグを喜ばしてやろう。」
と言って、ピストルを渡された。

チャックから警官に見つかるなと言われたが、渡された拳銃を役づくりのために毎日持ち歩いた事を覚えている。

選んだ作品はハロルド・ピンターの作品 『ダムウエイター』

二人のギャングの殺し屋が、地下室に閉じ込められて、上からの指令を待っている。

いつ、誰からか、どんな指令がくるか全く知らされていない。

兄貴分の僕の役は緊張に耐えてジーッと待っている。

弟分のチャックの役は、苛つきを抑えられない。

リハーサルに入って僕がセッティングについて、二つのベッド、洋服ダンス、暖炉、ソファーの位置を指示すると、
「いや、セッティングはこうあるべきだと!」
と自分の主張を譲らなかった。

彼の好きなようにやらせておいた。

リハーサルをどうやったかは記憶にない。

前日の夜、僕は丹念に体を洗い、爪を切り髪を整え、世界に3人しかいないと言われた、背広づくりの名人のひとりノーマン・ブルックにこしらえてもらった背広を纏い、一分の隙のないキャラクターに変身して言った。

翌日、本番になってストラスバーグの『ダムウエイター』というタイトルの宣言と共にシーンはスタートした。

シーンが始まるや否やソファーに座ってた僕は、
「チャック大変だ。こっちにきてくれ!」
と低い声で呼びかけた。

訳もわからず駆けつけて来た彼に言った。

「チャック、ピストルを家に置いて来てしまった。おまえのピストルを見せてくれ!」

彼は何が起きたか見当がつずにピストルを僕に手渡した。

そのピストルをスタジオのメンバー全員に見えるように、ユックリと頭上に差し出し、
「素晴らしい銃だな!返して欲しいか?」
と言いながら全ての弾を抜き窓の外にほうりなげて、そのピストルを返した。

そして、彼に静かに言った。

「この部屋のアレンジが気に入らない。俺の言うとうりにつくりかえろ。」
と。

チャックは絶対に嫌だと噛み付いて来た。

僕は、おもむろにソファーの間に隠していた拳銃を取り出し彼の額に突きつけ
「変えろ!」
と静かに言った。

以前から、ストラスバーグに指摘された僕の気性の激しさがある。

みんな、僕が衝動に従って、次に何をやるかわからないと思うらしい。

彼は全ての家具を汗ダクになりながら、僕の思うとうりに配置換えした。

緊迫した雰囲気のなかで、プレイは淡々と進んでいった。

この戯曲には、有名なシーンがある。

僕が
「ヤカンに火をつけろ」
と手下のチャックに言うと、彼は
「ヤカンでなくガスに火を点けるだろ?」
と言ってくる。

僕は怒って
「ヤカンに火をつけるんだ!」
と睨みつけて言った。

もし、相手が一言でも文句を言ったら、額をぶち割ってやる。

赤い血が流れて綺麗だろうなと何時も思う。

99パーセント投げ込んでも、1パーセントの意識があれば、実際に殺さなくて済むと言われる。

脇にあった折りたたみのパイプ椅子を掴むと、彼の体スレスレのところを目指して投げつけた。

彼は顔面蒼白、2階のスタジオを駆け抜けて階段を駆け下り一階に逃げて行った。

後を追い襟元を掴んで、ステージに引きずり戻し、殺した。

そのようにして、プレイは終わった。

ストラスバーグが突然立ち上がって
「ここに、プロデューサーがいたら、ゼンは主役だ!」
と興奮して言った。

この様なストラスバーグの個人的な言動は後にも先にも誰も聞いたことがない。

その年の最高の演技だとメンバー達も言っていた。

チャックは、床に座り込んで、ストラスバーグに
「ゼンが怖くて、怖くて次に何をしていいかわからなかった」
と伝えた。

ストラスバーグは
「チャックの描く戯曲は結末がはっきりしすぎる。たまには、わからないのがいい。」
と言っていたのを今でも記憶している。

ZEN

(注、インプロビゼーションについて。 戯曲に書かれた人物、人間関係、状況、出来事、リアリティーをより深く理解するために、書かれたセリフ通りにリハーサルをやらない。このようにして戯曲の本質に近づいていく。)

2018年5月4日金曜日

俳優を目指す若者たちへ


あなたはどうして俳優になりたいのだろう?

自分では、良く分からないけど、どうしても俳優になりたいとしたら、
それは、魂の要求で自分の魂を磨き、自分自身を高めたいという要求。

是非突き進んだらいい。

もし、俳優になりたいという要求が、有名になりたいであるなら、
やめたらいいと思う。

今世で、自分を高めたい、魂を磨きたいという人間の本来の要求に反し、挫折するからだ。

でも又、挫折するのも良いのかもしれない。

本当の自分、自分の魂の要求に気づくチャンスになるかも知れない。

アクターズ・スタジオの連中を観ていると、アル・パチーノは朝5時起き、デ・ニーロは、役のためにタクシー ドライバーになったり、ハーヴェイ・ カイテルは、メンバーになるために10年も試験を受け続けた。

普段、みんなニコニコして いるが、強いエネルギーが伝わってくる。

70歳を過ぎてもこれらの俳優は、自分の演技を高めることに余念がない。

いつも、言われることだが、
才能があっても努力が無ければものにならないし、
努力があっても才能が無ければものにならないとい言う。

ここまで、まとまりのないグダグダした事を書いて来たが、
具体的な訓練方法として、アカデミー賞をもらった俳優の演技を、毎晩一本ずつ観つづけることだ。

TVのお宝とか言う番組で500万円だと思って、20年も大切に持ち続けたのが、5000円だと言われることがある。

俳優も同じく演技を見て、偽物を本物だと思い込んだら致命症だ。

真実に対する感覚を高めるのが俳優の仕事だ。


良い俳優の特筆は、
1)「リハーサルは無かった。今初めて起きている」という感覚。

2)考えられれば生きられる。人生では考えて言葉にする。殆どの俳優はセリフの記憶を言葉 にする。

3)感じたこと、考えたことが、自然のコースを通り、目に表れやすい。

4)想像の世界に生きることが喜び。

5)幻想を信じる力が強い。演技とは信じることだ。



これらの点に考慮して何百回もノミネートされた映画を観れば、あなたの中に真実に対する感覚が芽生えてくる。

この訓練を続ければ、俳優がスクリーンに表れた瞬間、どのレベルの俳優か解ってくるし、そして自分の演技のレベルも解ってくる。


ZEN

2018年5月3日木曜日

第59回『神との対話』に魅せられて




『神との対話』に
「目覚めているとは、生き方を選べる状態だ」
と書かれてある。


ということは、
多くの人は、目的もなく、意識もなく、パターン化した人生をひたすら歩いているのかも知れない。

夢遊病者の様に。

演劇で役づくりに、
いつ、どこで、誰が、何を、いかにしたかをはっきりさせろと言われる。


これを今、目覚めて生きるアプローチとして、現在の自分に当て嵌めてみる。

1)いつ?
今日。
久し振りにみゆきと交代で車を運転し、10数年振りに親友に会いに東京へ出かけた。
友人の1人は、杉の子の理事長、小澤さん、もう1人はスペインクラブのオーナー松井さん。
二人に会えて本当に嬉しかった。
美しいスペインの調度品に囲まれての現地調達の料理が次々に運ばれ、幸せな、心から楽しい時間を共にした。
変わらぬ友情の有難さをしみじみと味わった1日だった。

2)何処で。
自分の二階の勉強部屋で。
猛烈な勢いで宇宙のどこかの方向にすっ飛んでいる地球上の日本と呼ばれる小さな島国の一角、河口湖と呼ばれる富士山の麓、600坪の敷地に各階100坪の三階建の二階を徹底改造して、みゆきと二人だけで住んでいる。
庭は7,8本の桜が満開。
春を迎えて緑を増し今、改めて見回して心から感謝。

3)誰が?
僕、ゼン・ヒラノが。
恩師ストラスバーグに出会え、アクターズ・スタジオのメンバーになれ、教師として熱い想いで人生を歩んで来られた。
ここ数年間、何もしないで過ごしてきたが、人々それぞれの素晴らしさ、能力を気付かせ成長させると云う仕事に再び従事したいと決心している自分がいる。
多くの人の触れ合いの場所、喜びの場所にしようと。

4)何を?
『神との対話』を読んで、目覚めて生きるとはどうゆうことかを考えさせられている。
生活がパターン化し、何時もその日の気分や健康、雑事に気を取られ、太陽が輝き、青い空、鳥が囀り、花が咲き、猫がすり寄ってくるこの奇跡の地球に生命を与えられて生かされている自分に気付きを与えている。

5)いかにしたか?
椅子に座って、鏡に向かい
「ゼン!目覚めて生きろ。」
と語りかけている。



ゼン・ヒラノ

2018年5月2日水曜日

ザ・アクターズスタジオと恩師リー・ストラスバーグの思い出



~第14話~

当時、ストラスバーグの息子のジョンのワイフ に頼まれて、ブレヒトの作品の一場面を二人で演じることになった。

ブレヒトのプレイで、僕の役は失業したパイロット。

公園で自殺する場面である 。

舞台上で、公園を感じる為にセントラルパークに何度も、何度も通った。

公園は広いスペースだ。

歩くと落ち葉が、ガサガサと音を立てる。

大きな木、小さな木、いろいろな種類の木が点在している。

当日、舞台に上がった時に、僕は人気のない公園に立っていた。

と同時に、メンバー達全員が僕を見つめているという分裂している意識もあった。

僕の中に強い決意があった。

この場で、絶対に死んでやる。

メンバー達全員が一生忘れないような、素晴らしい死に方を見せてやると決心した。

ヒコーキが音を立てながら公園の上空を横切る。

「あいつらパイロットは、賄賂を使って飛んでいる。チクショウ! 絶対に死んでやる。思い知らせてやる!」

先ず、首を吊るにふさわしい美しい樹を見つけなければ!

ダンスで鍛え、太極拳で鍛えた身体に、五感の記憶で習得した能力の全てを動員して、想像上のロープを目指した枝に向かって高々と投げつけた。

スタジオのホリゾントのレンガ塀を駆け登って、ロープの輪に首を突っ込んだ瞬間、枝が折れた。

地面に叩きつけられた。

「チクショ ー!絶対に死んでやる」
と大声で叫びながら、ロープの輪に首を引っ掛けたまま、二本の木の幹にロープを廻し、片足を大地に、片足を幹に踏ん張って、全身の力でロープを引っ張って死のうとした。

どんな事をしても死にたかった。

(舞台で生きるのは、いつも命がけ)

そこに相手役の娼婦が、にやにやしながら
「あんた、何しているの?」
とセリフを投げかけ、近づいてくる。

僕は、相手を手招きして引き寄せ、いきなり抱きしめ、キスして地面に突き飛ばした。

(このことは、リハーサルでいっさい彼女に知らせてなかった。ショクを与えて
リハーサルを忘れさせ、今に、生きる為だ。)

地面に突き飛ばされた相手役は、ショックを受けて、全てのセリフ、全ての行動は正当化され、二人とも役の人生を刻々と生き始めた。

絶望感、疲労感、寒さ、雨の冷たさ等、すべてが肌を通して蘇り、肌を通して体験した。

これを人々は体験の芸術と呼ぶ。

二人の演技は川のように流れて行った。

僕の役は疲れ果てて、彼女の膝で眠りにつく。

相手役の最後のセリフ
「雨が止んだわ」
の一言で、シーンは終わるのだが、その一言がいつ迄たっても出てこなかった。

俳優として舞台で生きるという至福を、いつ迄も味わっていたかったのだろう。

ZEN